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episode.9-7
「そいつに台無しにされたけど、立ち上がれたし、きっと前に進めてる。下らない奴に構って無駄にしたくない、そんな事してる暇ないんだ」
ずっと大人が集まって悩んでいた。
甚大な被害を齎した、男の処罰を如何にするか決めかねて。
今まで結論が出ないまま、この少年に話す切り口も見つからないまま、間抜けに立ち往生していた。
少年の眼差しがそれらを蹴散らす。
瞳の眩しさに、萱島は思わず目を眇めていた。
「そうだな」
それから渉と並んで、パンをあげに行った。
少し離れた位置へと腰掛け、少年が猫とじゃれる幸せな光景を眺めた。
そしてテイラーの件ともう1つ。
戸和の身元だが、結局他に話す必要は無いとの意見で一致した。
別に晒しても良いが、そんな程度で何か変わる訳でもない。
契約書は存在している。
彼は間違いなく、此処の社員である。
ぼうとしていた所に携帯が鳴った。
スーツの上着を探る。
液晶を確認して、久方振りに見た名前に意図せず背筋が伸びた。
「…もしもし」
怪訝な声音で応答した。
回線の向こうで相手は笑い、そして些少だが近況を尋ね、出頭を命じた。
用件も分からない。
腑に落ちないまま電話を切った。
萱島は渉と別れ、出向いて確認すべく会社を後にしていた。
車を止め、最近建て替えたばかりの雑居ビルへ潜る。
エレベーターで最上階まで直行すれば、一見その筋とは分からないオフィスがあった。
久しく見ていないドアだ。
佇んで眺めていると、背後から知った声が降ってきた。
「お帰り」
視線だけで振り向いた先。
案の定、育ての親である黒川が立っている。
「元気にしてたかい、もう4ヶ月になるけれど」
はて、それだけしか経っていないのか。
「入って。話をしよう」
無言で扉を引く。
彼に促されるまま中へ入るや、余り変わらないデザインが迎えた。
事務所には菱田も居た。
萱島を目にするや、煩わしそうな顔になるのすら懐かしい。
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