173 / 186

episode.9-7

「そいつに台無しにされたけど、立ち上がれたし、きっと前に進めてる。下らない奴に構って無駄にしたくない、そんな事してる暇ないんだ」 ずっと大人が集まって悩んでいた。 甚大な被害を齎した、男の処罰を如何にするか決めかねて。 今まで結論が出ないまま、この少年に話す切り口も見つからないまま、間抜けに立ち往生していた。 少年の眼差しがそれらを蹴散らす。 瞳の眩しさに、萱島は思わず目を眇めていた。 「そうだな」 それから渉と並んで、パンをあげに行った。 少し離れた位置へと腰掛け、少年が猫とじゃれる幸せな光景を眺めた。 そしてテイラーの件ともう1つ。 戸和の身元だが、結局他に話す必要は無いとの意見で一致した。 別に晒しても良いが、そんな程度で何か変わる訳でもない。 契約書は存在している。 彼は間違いなく、此処の社員である。 ぼうとしていた所に携帯が鳴った。 スーツの上着を探る。 液晶を確認して、久方振りに見た名前に意図せず背筋が伸びた。 「…もしもし」 怪訝な声音で応答した。 回線の向こうで相手は笑い、そして些少だが近況を尋ね、出頭を命じた。 用件も分からない。 腑に落ちないまま電話を切った。 萱島は渉と別れ、出向いて確認すべく会社を後にしていた。 車を止め、最近建て替えたばかりの雑居ビルへ潜る。 エレベーターで最上階まで直行すれば、一見その筋とは分からないオフィスがあった。 久しく見ていないドアだ。 佇んで眺めていると、背後から知った声が降ってきた。 「お帰り」 視線だけで振り向いた先。 案の定、育ての親である黒川が立っている。 「元気にしてたかい、もう4ヶ月になるけれど」 はて、それだけしか経っていないのか。 「入って。話をしよう」 無言で扉を引く。 彼に促されるまま中へ入るや、余り変わらないデザインが迎えた。 事務所には菱田も居た。 萱島を目にするや、煩わしそうな顔になるのすら懐かしい。

ともだちにシェアしよう!