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episode.9-8
「ワシは退いた方がええんですかい」
「教育係は居なさい」
迷った末、萱島は入り口の手前で立ち尽くした。
上着を付きの者に預けた黒川が、ふと客人を見て笑んでいた。
「お前、良い顔をする様になったね」
「…はい?」
床に向いていた視線を上げる。
「そんなに子供みたいに不満を露わにしているのを初めて見た」
顔に出ていたのか。
決まり悪そうに咳払いをした。
「ご用件は」
「勿論、お前の今後について」
「俺の?」
「お前がウチ帰ってくんのか、向こうおるんかゆう話や」
菱田が煙を吐き出した。
増々意味が分からず、萱島は眉間の皺を深くする。
「その…正規雇用と伺いましたが」
「そういう契約の話じゃなく、お前の意向の話をしているんだよ」
「え、そんな俺の意思が優先されて良いんですか」
「別に私に君の人生を決める権利は無いよ」
暴力団の長らしからず。
黒川はあっけらかんと肯定した。
「欲を言えば居て欲しいとは思うけどね」
「けど…俺を、拾って下さったのは…貴方で」
其処でつっかえ、口を噤んだ。
あの日から今日まで、親と呼び慕った男の相貌を見やった。
異国の言語を、口に出来て漸く聞き取れる様に。
人は他者に情を抱く側になって、初めて向けられたそれに気付く。
ただの取り巻く要素でしか無かった2人の眼差しが。
むず痒い程に、今は温かみを帯びていた。
確かに黒川のやり方は、命綱無しで崖から突き落とした様なものだ。
銃を握らせ、殺しを覚えさせ。
それでもその不条理を知らなければ、苦しい道を知らなければ。
自分は縋る痛みすら持たず、ただ屍の様に路頭へ迷っていたのかもしれない。
「お前、最近楽しそうやの」
考え込んでいた最中、ソファーに仰け反った菱田が出し抜けに呟いた。
「こんな廃れた業界や、若い同年代と接する機会もあんま無しに…このままデカなってええポスト行くんやろうけど、詰まらん人生やろなあて」
天井を見上げてぼやく、男の独白を萱島はただ黙って伺った。
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