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episode.9-10

晴れた昼時の中庭はとても美しい。 1月の厳寒すら忘れさせる、無色に近い陽光が草葉を照らす様を、無心で見詰めたくなる。 渡り廊下を良く歩いたものだ。 突き当りには喫煙所があり、いつも件の少年が居た。 そんな所までそっくり同じに造った。 御坂自身、己の執着には説明が付かない。 心理学など大嫌いだと言うのに。 (時間を巻き戻せる訳でもない) 巻き戻せたとして、一体何処まで遡れば良いのか。 バートが撃たれる前か。 テイラーに遭遇する前か。 それとも、もっと。彼が息子を手放すその前か。 もう少し歩けば、喫煙所に到着する。 少年を追い掛け、走った光景が蘇る。 結局彼は、自ら父親の前に姿を現す事は無かった。 彼の世界はそれで完結していた。 だが思い出すのは最後だ。 この廊下を渡る度、必要の無い自責の念に駆られるのも。 「…ああ」 御坂は図らず意味のない音を漏らしていた。 「びっくりした」 矢庭に現れた訪問客へ、口元が歪に弧を描く。 目前の光景が、過去の記憶と違っていた。 此方に歩いて来る神崎が見えた。 右手に白薔薇をぶら下げ、ゆっくりと距離を詰める。 彼は数メートル手前で歩を止め、黙る御坂に挨拶を寄越した。 「お前が来いと五月蝿いから来た」 白い花弁が数枚、風に攫われた。 形だけの買い物にしても、殊勝な事だ。 「忙しいのに悪かったね、有り難う」 遅い、との文句はどうにか内に押し留める。 其処から並んで連れ立ち、2つの影は中庭の裏手へと向かった。 裏手には大学にはない墓地があった。 簡素な墓石の前に膝をつき、神崎は献花した。 知っているだろうか、この花は色特有の意図を含むことを。 純潔、尊敬、そして“約束を守る”。 神崎と父親は何ら取引をした覚えはない。 この場で彼が白薔薇を手に現れたのは、実のところ御坂の為だとも言える。 少し墓石を見詰めた後、別に何を言うでも無く神崎は立ち上がった。 簡素ではあるが。 用向きも単に、それだけだったのだろう。

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