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episode.9-14
これはバートの、彼の呪縛なのか。
それとも何か、過去の己に似た神崎を心配しているのか。
「黒川さんとはもう話したのか」
「…さっき話してきました」
神崎は話題を変えた。
自己嫌悪に陥り始めた相手を察したらしかった。
「そういや、菱田さん子供生まれたって」
「へえ。おめでとう」
「小さい子って、何あげたら良いんですかね」
出産祝いは知人の場合、現金や商品券、衣類か玩具等が一般的だが。
思案して、神崎は何故か不意に全く関係のない単語を呟いた。
「鳥…」
「とり?」
萱島が即座に聞き返す。
「いや、何でもない」
「…胸肉?もも?」
神妙に眉根を寄せる部下に、思わず笑った。
「昼食べてないのかお前」
「タイミングを逃して」
「俺を迎えに来る暇はあったのに?」
神崎のメルセデスが見えた。
扉を引き、助手席に部下を促す。
社長にドアを開けさせた萱島は、シートに行儀悪く凭れ込んだ。
「そんなに俺を優先してたら一生独り身になるぞ」
その台詞は笑えない。
事実、神崎を優先して離婚した男が居るのだから。
「…うるせいばーか」
聞こえないだろうと思って暴言を吐いた。
シートベルトに伸びた神崎の手が止まっていた。
大人は腕を伸ばし、汚い台詞を寄越す頬を無遠慮に引っ張る。
「ひたひ!…ひ、ひた」
「あ、そういやお前…和泉の話は。何か進展あったのか」
進展も何もあるか。
一気に頬を染め、萱島は社長を蹴った。
人の片恋を面白がるな。
そういう事には興味を抱くのか、まったく腹立たしい。
楽しそうな雇用主を睨み、萱島はさっさと行けとばかりに相手のシートベルトを締めてやった。
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