180 / 186

episode.9-14

これはバートの、彼の呪縛なのか。 それとも何か、過去の己に似た神崎を心配しているのか。 「黒川さんとはもう話したのか」 「…さっき話してきました」 神崎は話題を変えた。 自己嫌悪に陥り始めた相手を察したらしかった。 「そういや、菱田さん子供生まれたって」 「へえ。おめでとう」 「小さい子って、何あげたら良いんですかね」 出産祝いは知人の場合、現金や商品券、衣類か玩具等が一般的だが。 思案して、神崎は何故か不意に全く関係のない単語を呟いた。 「鳥…」 「とり?」 萱島が即座に聞き返す。 「いや、何でもない」 「…胸肉?もも?」 神妙に眉根を寄せる部下に、思わず笑った。 「昼食べてないのかお前」 「タイミングを逃して」 「俺を迎えに来る暇はあったのに?」 神崎のメルセデスが見えた。 扉を引き、助手席に部下を促す。 社長にドアを開けさせた萱島は、シートに行儀悪く凭れ込んだ。 「そんなに俺を優先してたら一生独り身になるぞ」 その台詞は笑えない。 事実、神崎を優先して離婚した男が居るのだから。 「…うるせいばーか」 聞こえないだろうと思って暴言を吐いた。 シートベルトに伸びた神崎の手が止まっていた。 大人は腕を伸ばし、汚い台詞を寄越す頬を無遠慮に引っ張る。 「ひたひ!…ひ、ひた」 「あ、そういやお前…和泉の話は。何か進展あったのか」 進展も何もあるか。 一気に頬を染め、萱島は社長を蹴った。 人の片恋を面白がるな。 そういう事には興味を抱くのか、まったく腹立たしい。 楽しそうな雇用主を睨み、萱島はさっさと行けとばかりに相手のシートベルトを締めてやった。

ともだちにシェアしよう!