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episode.9-15

*** 「おはよう」 第一声は順調だ。 萱島は1人、勝手に安堵して胸を撫で下ろす。 「お早う御座います」 PCから一寸、視線を外した部下の声が届く。 何て事はない。 別に彼の素性を知った所で、何か変わる訳でもない。 前もこれからも。 彼は優秀なサブチーフだ。 納得して萱島は漸く妙な気構えを止めた。 「戸和くん」 「はい?」 「そうだよな、俺らにとってやっぱお前は戸和だよな」 頬杖を突いて此方を見据える萱島に、青年は瞬いた。 「貴方の呼び易い方で構いませんが」 「ありがとう」 部下は再び液晶に視線を戻す。 萱島はふと辺りを見渡した。 犯人が捕えられたと知ろうが、メインルームの様相は以前と等しかった。 渉が言った様に。 傷は癒えなくとも、皆前を向いた。 今も進み続けている。 強い会社だ。 素直にそう思う。 彼らのこの先を、可能な限り見守りたかった。 特に何が出来る訳でも無いが。 菱田に言われた通り、手放して後悔などしたくはなかった。 「主任…っざまーす」 考え事をしていた矢先、前方から千葉が雑な挨拶と共に現れた。 「ざます?」 「来週の定例会議なんですけど、当日アポあって出られません」 「ああ、良いよ…直行?」 「はい。昼前には来ますんで」 「ほいよ」 定例会議か。面倒臭いな。 責任者にあるまじき感想で萱島は嘆息した。

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