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【9】
「じゃあな。また来週っ」
授業中とは違い、帰宅時になると皆の顔が生き生きとする。
カリキュラムがぎっちりと組まれた授業は、集中力を切らさないようにしなければ取り残されていく。
そこで、出来る者と出来ない者が篩に掛けられ、進路が大きく左右される。
満面の笑顔で送迎用ロータリーに並んだ車に次々と乗り込んでいくクラスメイトに、輝流は自身が抱える不安を隠すように出来るだけ自然に振る舞い、笑顔を作ってみせた。
週末――。
家にいれば嫌でも駈と顔を合わせることになる。以前の彼はあえて休日に経営業務をこなしていた。それは、特別な行事がない限り輝流専属の執事としての業務が普段よりも減少するからだ。
しかし、ここのところの連日出勤で体を休めるタイミングを失った駈は、輝流と同じ週末に休みを取る様にしていた。
体だけではない。精神的な面でも彼の疲弊は顕著だった。
その原因が自分にある事は誰よりも分かっていた輝流は、なるべく自室から出ることなく読書や予習に時間を費やすようになっていた。
「家に帰っても俺の安らぎはない……か」
独り愚痴をこぼしながら、送迎用の車を待った。
帰宅時間が重なるとロータリーも渋滞を起こす。スムーズに流れない車に苛立ちを覚えていると、見慣れない高級車が輝流の前に止まった。
そこから降りて来たのは、叔父の晴也だった。
輝流は目を見開いて息を呑むと、無意識に後退った。
「おう、輝流。今日は俺が迎えに来てやったぞ」
「なんで……叔父様がっ」
「運転手が忙しいっていうから、俺が代わってやったんだよ。ほら、さっさと乗れ」
「イヤだ……。離せっ」
腕を掴まれた輝流は、それを振りほどこうともがいたが、晴也との体格差は歴然だった。
無理を承知でなおも拒み続ける輝流に、晴也は顔を近づけてニヤリと笑った。
「――今日はメスの匂いがしないな?」
トクン……。
大きく心臓が跳ね、輝流が動きを止めた。
「実はな、お前の事をいろいろ調べてたんだよ。兄貴たちの子供にしては顔が似ていないってことに気付いてな。あの夫婦にも問いただしたんだが相手にされなかった。だがな、俺だって野宮の血を引いてる。お前が同じ血を引いているかどうかぐらい簡単に分かるんだよ。野宮家には100%の確率でΩは生まれない。代々続いてきた遺伝子は違えることはない」
野宮家の中で異端児扱いされてきた晴也がそんなことを言い出すとは想像もつかなかった。
いつも適当に生き、人に媚びてせびった金で賭け事に勤しみ、ペットに働かせて飽きたら捨てる。
人間のクズのような男は、隼刀夫妻だけでなくついに輝流にまでその触手を伸ばしてきた。
「何を……言っている」
「つまりだ。どこの誰かも知らない小僧が、執事と結託して野宮の家を乗っ取ろうとしてるって分かったら見て見ぬフリは出来ないだろう? うるせえジジイも兄貴もいない今、あの家の相続権を持つのは俺なんだよ。――とにかく乗れ!」
半ば強引に腕を引っ張られ、車の後部座席に押し込まれた輝流は、先に乗っていた若い青年の膝の上に前のめりになった。
彼は冷めた目で輝流を見下ろすと、無表情のまま手に持っていた白い布を輝流の口元へ押し付けた。
シャツの襟の隙間からチラリと見えた赤い首輪は、晴也のペットである証だ。
それに気づいて暴れたが、その際にその布に染み込ませてあった液体を大きく肺に吸い込んでしまった。
「ゴホッ! ゴホ……っ。ん……んんっ!」
鼻の奥にツンとした痛みを感じ、大きく揺れた視界に体が傾き出す。シートに手をついて体勢を直そうと試みるが力が入らない。
ズルリとシートに滑り落ちた輝流は、後から乗り込んできた晴也の声を聞いた。
「現当主がニセモノだと知れれば、世間は俺に味方する。だが、こんな上物をただ捨てるのは勿体ない。お前はたっぷりと俺が躾けて、金持ちのペットとして可愛がって貰えるようにしてやる」
「な……なに……っ」
「強がっていられるのも今のうちだ。今に俺のチ〇コを欲しがって強請るようになる」
「バカ、な……こと、言うなっ! 俺は……お前な……ん、かに……」
喉の奥が締め付けられるようで声が上手く出ない。手足は痺れ、体もいう事をきかない。
陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクと動かしてみるが、晴也はそれを見て薄ら笑いを浮かべるだけだった。
自分の行動が軽率だったことは認める。晴也を認識した時点で逃げればよかった。
こんなにも呆気なく彼の口車に乗せられてしまうとは……。
しかし、輝流は心の奥底でこうなることを望んでいたのかもしれない。自分がいなくなれば駈との関係も解消され、野宮家は彼が新たな番を探すことで存続できる。
輝流がいくら稀有な存在であろうとも、この広い世界中を探せば必ず見つかるはずだ。
純粋な狼の血統を引いたΩ。野宮の血統と相性のいい男性――もしくは女性。
自分の運命を呪い、存在意義さえも失いかけていた輝流は、密かにこうなることを予感していたに違いない。
そこに現れたのが、たまたま晴也であっただけのことだ。
「か……け、る」
「ハッ。あの執事に助けを求めるか? まあ、お前が呼んだところでアイツは来ないだろうよ。お前と仲違いしてることは調査済みだからな」
「え……」
「あの日、Ωの発情期を迎えたお前をあの男は抱いた。生まれてからずっと側にいて信頼をおいていた男に抱かれるのはどんな気分だった? 下剋上もいいところだ」
「なぜ、それを……っ!」
「随分といい声で啼いていたそうじゃないか。邸中に聞こえてたって話だ。αであるアイツに抱かれて妊娠しなかったことが奇跡だな。――そうか。ただ手懐けて売るだけじゃ、その場凌ぎにしかならないな。いっそ、αの子を産ませて売った方が儲けにはなる。ブリーダーというのも悪くはないな……」
「バ、バカを……言うなっ。ここ、から……降ろせっ!」
輝流が体を捩った瞬間、履いていたローファーのつま先が晴也の膝に当たった。
それを快く思わなかったのか、晴也は輝流の首を片手で押さえつけると青年に目配せをした。
彼は傍らに置かれていた黒いバッグの中から銀色のケースを取り出すと、慣れた手つきでそれを開けて注射器を取り出した。
茶色い小瓶に針を差し込み、液体を吸い上げると空気を抜くために数滴床の上に零した。
「な……っ。ヤダ……ッ」
それまで強気に振る舞っていた輝流だったが、それを目にした瞬間、恐怖が全身を駆け抜けた。
首を押さえ付けたまま上から見下ろした晴也は、青年から注射器を受け取ると、太い指でそれを挟み込んだ。
「これ、何だか分かるか? Ω専用に作られた発情誘発剤だ。これを打てばどうなるか……分かるだろ?」
少し前まで国が認可し病院などで処方されていたΩの発情期を早める薬だ。元々は不妊に悩み妊娠を望む者のために開発されたものだったが、レイプなどの犯罪に悪用されるケースが増え、今では製造・販売を中止している。
しかし、闇ルートでの入手は今でも可能で、金とコネさえあれば誰でも入手出来る。
以前、新聞やテレビなどで取り沙汰されていた事を思い出した輝流は、恐怖に身を竦ませた。
噛み合わせた歯はガチガチと鳴り、手足もコントロール出来ないほどに震えている。
「いや……。いや……だ」
輝流の発情期の周期は安定していない。次回、いつ来るかも分からない発情期に怯えている今、そんな薬を使われて誘発されればどうなってしまうのかは自身が一番よく分かっていた。
今までの話の内容からして、晴也は輝流と駈が番の契りを交わした事は知らない。
それだけは救いだったと言えよう。でも、邸の中に彼のスパイがいたことは確かだし、二人のセックスに聞き耳を立てていた者がいたことも明白だった。
獣のような交わり――。
本能を剥き出した駈はオスの匂いを撒き散らし、輝流を支配する。そして輝流もまた、無意識とは言え自らが出す甘いフェロモンで駈を誘い、快楽と子種を求める。
番った相手にしか欲情しないとはいうものの、以前も晴也の前で危うく痴態を晒すところだった。
そう考えると、発情は誰が相手でも起こりうる。ただ、それを鎮めることが出来るのは『運命の番』だけ……というのが真意なのだろう。
誤った解釈によって拡がった情報は混乱を招く。それを鵜呑みにし、どこかで安心していた事を輝流は後悔した。
この薬が即効性のものであれば、輝流は間違いなく晴也の前で発情する。
快楽を求め、子種を貰う事だけを考える野蛮な獣に成り下がる。
体は心に反して晴也を求めてしまうだろう。彼にいくら抱かれても、心も体も満たされない事を知っていながら……。
「やだ……。それ、いやだ……っ」
狼一族としての本能が目覚めてしまった今、どうなってしまうのか自分でも分からない。
おそらくではあるが、前回の発情など比ではなくなる。性欲も貪欲さを増し、何より番である駈を求め、より独占欲を剥き出して強請る。
駈がいない今、その相手は必然的に晴也になる可能性が高い。
晴也の大きな手が、輝流のワイシャツの裾を乱暴にたくし上げる。細くはあるが筋肉質な腹が露わになり、ひやりとした車内の空気に輝流は喉の奥を鳴らした。
「ひぃ……っ」
臍のすぐ脇に狙いを定めた晴也は、薄い唇にイヤらしい笑みを浮かべた。
「すぐに楽にしてやるからな。痛いのは一瞬だ……」
「や、やだ! やめ……て。やだ……あぁぁぁっ」
掠れた声で叫んだ輝流の声は、そのまま晴也のキスで塞がれた。
同時に腹部にチクりとした痛みを感じ、頭の中が真っ白になる。
薬液が注入されたところからじわじわと染み込む熱は次第に全身へと拡がっていった。
「あ……はぁ、はぁ……」
針が抜かれ、晴也の唇が離れると、輝流は虚ろな目で天井を見つめていた。ぼんやりと霞む視界にはなぜか駈の姿があった。
幻影であることは分かっている。でも、それを違うと否定する部分が動かない。
「か……、駈……」
彼の中で抑え込まれていた最愛の男の名を呟いて、輝流は意識を深い水底に沈めた。
*****
遠くで船の汽笛が聞こえる。
塩分を含んだ風と湿った空気が、そこが海のそばであることを教えてくれた。
お世辞でも心地良いとは言えない硬いマットレスの上で目を覚ました輝流は、重怠い体でわずかに身じろいだ。
両手はパイプベッドのフレームに手錠のようなもので固定され、制服は前を開けたワイシャツだけを残して、すべて脱がされていた。
湿度の高いその場所は殺風景で、暗がりにパレットがうず高く積まれていることだけは認識出来た。
「倉庫……」
おそらく出港前の荷物を仮置きする倉庫なのだろう。しかし、なぜそんな倉庫に異質ともいえるベッドが置かれているかという疑問は、暗闇から聞こえて来た仔猫にも似た人間がすすり泣く声で払拭された。
コンクリートの床に響く硬い複数の靴音。
耳を澄ませば微かに聞こえる数人の男の話し声。
「――今日、お渡しできるのはこの三人のみですね」
「あの子は?」
「あぁ……。あれは渡せませんよ。これから稼ぐ初期投資みたいなもんですから」
「いつか売りに出すのか?」
「今のところは手放すつもりはありませんよ。ちょっと新しい事業を思いついたものでね」
晴也の引き攣った笑い声が聞こえ、輝流は嫌悪感に眉を顰めた。
先程から体が熱くて堪らない。吐く息も途切れ途切れで、心臓が早鐘を打っている。
何も覆う物もなく露わになった下肢では、確実に力を持ち始めているペニスが鎌首を擡げ始めていた。
(いやだ……。あの男に抱かれるなんて……絶対に、イヤだ!)
身をくねらせるたびに手首の鎖がガチャガチャと音を立てた。
人為的に引き起こされた発情期は、輝流を確実に苦しめていた。
急激に起きた体の変化に節々が痛み始める。次第に理性を失い、本能が目覚めてしまうのも時間の問題だ。
「やだ……っ」
輝流の小さな叫びに気付いたのか、晴也は取引相手と早々に話を纏め、半ば追い出すように見送ると、軋んだ音を立てて閉まった鉄扉に厳重に鍵を掛けた。
カツン、カツン……と響く靴音が近づくたびに、輝流は胸を喘がせた。
自分の意思とは関係なく、膝を曲げたままだらしなく大きく開いた脚、体の中で渦巻く熱を解消しきれずに揺れる腰、そして足元から近づく晴也に見せつけるかのように震えるペニス。
「――やっぱりΩだったか。チ〇コをおっ勃てて俺を誘うのか? 野宮家のご当主様が、いい格好だなっ」
「黙……れっ! これを、外せっ」
「俺に命令するなよ。ニセモノのお前は世間様を欺いた犯罪者なんだ。当主になる俺に媚でも売っておいた方が今後の身のためだぞ」
「お前になんか……野宮家は渡さないっ」
「血の繋がった親子でもないくせに兄貴と同じことを言うんだな」
「え……」
「アイツも俺にそう言った。その数分後、事故死した。呆気なかったな……いつもより少しだけ多く睡眠導入剤を服用させて、アクセルペダルに細工しただけなのに。崖から落ちる時は一瞬だった」
輝流は大きく目を見開いたまま動けなくなった。
三年前の事故。晴也が疑わしいと何度も調査したが、彼がやったという決定的な証拠は何一つ見つからなかった。彼の言う通り、普段から隼刀が服用していた睡眠導入剤は彼の胃の中から検出された。だが、事故に直接結びつくような車体改造の形跡はないとの見解だった。
「――俺の邪魔をする奴は消えればいい。今にあの執事も日野とか言う家令も殺してやる」
「やめろっ!」
「だからぁ、何度言ったら分かるんだ? お前に俺を否定する権限はないんだよ。大人しく俺に抱かれていい声をあげてりゃ可愛がってやるよ。それに、俺も野宮の血を引いたαだ。発情期のお前に精を注げば妊娠率は格段に上がる。――どうだ。手始めに俺との子を産んでみるか?」
「イヤだ! お前の子なんて絶対にイヤだ!――じゃあ、殺せ! いっそのこと殺してくれ!」
晴也はスーツのポケットから煙草を取り出すと、唇の端に咥えて火をつけた。
白い煙がゆらりと揺れ、晴也の顔を覆った。
「この俺が、せっかく見つけた金蔓を早々に殺すと思うか? お前は他のペットたちと一緒に金を生み出してくれればいい。幸い、今日も三人のΩが売れた事だし。来週には一億近い大金が振り込まれるはずだ」
「この……クズ野郎っ!」
「何とでも言え。発情期のΩに何が出来る? 疼く尻孔にチ〇コを入れてくれって強請るしか能がないくせに、デカい口を叩くな」
「く……っそ」
輝流は歯を食いしばって、溢れてくる涙を必死に堪えた。
元はと言えばこの男の存在が野宮の家を狂わせてきた。輝流と駈が入れ替わったのも、夫妻が事故死したことも……。
駈が悪いと決めつけてきた輝流は自責の念に駆られていた。
彼に対して吐いた暴言が次々と蘇り、自分を苦しめていく。
(駈は悪くない……)
彼もまた晴也の陰謀に運命を狂わされた一人なのだ。
口惜しさと後悔、そしてこのまま会えなくなるのかという不安に胸が押しつぶされ、涙が頬を伝う。
それに反して、確実に温度をあげながら渦巻く熱と理性を打ち壊そうとする体の疼きが輝流をさらに追い詰めていく。
玉のような汗が浮かんだ額に前髪が張り付き、鬱陶しさに目を細めた。
「――その顔。普段、強がってばかりのお前が見せる欲情した顔は堪らないな。滅茶苦茶に壊したくなる気持ちが分かる」
咥えていた煙草を指で弾き飛ばしながら、肺に溜め込んだ煙を一気に吐き出した晴也は、舌なめずりをしながら一歩、また一歩と近づいていく。
輝流が動くたびに軋むベッドが、高い場所から水銀灯に照らされる。
その光は床に近づくにつれて広がり、舞い立った埃をぼんやりと、そしてキラキラと輝かせた。
「く……来るなっ。はぁ、はぁ……っ」
下肢にわだかまる熱が透明の蜜を溢れさせる。その滴をシーツに散らし、輝流は足をバタつかせた。
激しく動くたびに両手首に金具が食い込み、痛みを覚える。それでも、足元から迫る晴也から何とか逃れようと身を捩った。
「無駄な事はよせ。発情期を迎えた今、お前の身体に俺を拒否する権利はない」
「お前なんかに……触れさせる、もんかっ! 俺の……俺の体は……っ」
ぎゅっと閉じた瞼の裏に浮かんだ駈の鮮やかなブルー瞳。その目は輝流だけを真っ直ぐに見つめていた。
開けたワイシャツから覗いた胸の飾りが、彼の指先の感触を思い出してわずかに色づく。
「あの執事とのセックスはそんなに良かったか? あんな若造……俺の方が何倍もお前を悦ばせてやれる。俺とのセックスを覚えたら離れられなくなるほどにな」
「いや……だ! 来るなっ!」
ギシッとスプリングを軋ませてマットレスが沈む。
上着を脱ぎ捨て、ネクタイを引き抜きながらベッドに膝をかけた晴也は、続けてベルトを緩め、スラックスの前を寛げた。
そこはすでに十分すぎるほどの兆しを見せ、下着越しでもその大きさが分かるほどだった。
晴也も野宮家の血を継いでいれば駈と同じ亀頭球を持っているはずだ。子孫を残すことを最優先する狼一族は性交の際の受精率を上げるために、ペニスが相手の秘部から抜けにくい形状になっている。
駈のモノを初めて目の当たりにし、それを受け入れた輝流は、あの時の恐怖と快感を同時に思い出した。
膨張した茎よりも径の大きいコブ状のものが薄い粘膜の襞を広げて中に入る様子は、それまで性交の経験がなかった輝流には強烈な圧迫感と痛みとの戦いだった。
しかし、駈は優しかった。初めてである輝流を傷付けることはなかった。
Ωの香りに自我を失っていたとは思えない。あの時の彼はその香りと戦いながら、理性を何とか繋ぎ止めていたのだろう。
「駈……」
バタつく輝流の足の動きを封じるように跨いだ晴也は、いつか学校で見せた獣へとその姿を変えていた。
剥き出した牙から落ちる涎、真っ赤な瞳――。
欲望を曝け出し、本能のままに交わろうとしている晴也に輝流は身を震わせた。
フレームに繋がれた鎖がカチャカチャと小刻みに揺れる。すべてを食いつくされてしまいそうな晴也から顔を背け、熱い息を吐き出した。
「いい匂いだ……。もっと俺を求めろっ」
薬のせいで高められた体から発せられる甘い花の匂いは、輝流にはどうする事も出来ない。
αなら誰でも引き寄せてしまう自分の性を呪った。
(俺が欲しいのは、この男じゃない……。俺が求めているのは……っ)
晴也の大きな手が輝流の胸元に触れた時、倉庫に入り込む潮風の中に懐かしい香りを感じて、輝流は大きく目を見開いた。
ここにいるはずのない男が纏う香り。それは絶対に忘れる事が出来ず、振り払っても離れられない……。
「か……け、る」
声を出さずに吐息交じりにその名を呟くと、薄れていた首筋の噛み痕がズクリと疼いた。
強烈な快感の中で鋭い牙が皮膚を破り、食い込んでいく感触がリアルに思い出され、輝流は無意識に顎を上向けて「あぁ……」と声を漏らした。
(本能が……目覚める)
「な、何だ……。これはっ」
輝流を見下ろしていた晴也はとっさに口元を覆い、眉を顰めた。
先程の何倍、いや何十倍もの濃度の甘い香りが彼から放たれたのだ。むせ返るほどの花の香りに、急激な眩暈に襲われ視界が揺れる。
晴也が跨いでいた輝流の下肢では、ワイシャツの裾から露わになったペニスの先端から白濁交じりの蜜がトプリと溢れ、薄い下生えを濡らしていた。
「――これがΩの発情かっ」
自身の欲求を満たすオスを誘うために発するフェロモン。その濃度が濃くなればなるほどαは欲情し、抗うことは出来なくなる。
晴也は窮屈そうに下着を持ち上げる自身をそっと撫で、虚ろな目で赤い舌を覗かせた。
「輝流……。はぁ、はぁ……。お前を俺のモノにしたい」
もろにフェロモンを吸い込み、トランス状態に陥った晴也は輝流の腰に手をかけ、小刻みに痙攣する腿に滾ったモノを押し付けるとニヤリと笑った。
「俺の子を孕め……。はぁ、はぁ……はぁぁ」
体内の熱が急上昇し、薄っすらと汗ばんだ白い肌を艶めかしくくねらせた輝流は、長い睫毛を揺らして薄く目を開いた。
そして、小さな牙を見せて妖艶に笑った。
「――俺に触れていいのは駈だけだ」
「なに……っ」
金色にも見える琥珀色の瞳に晴也の姿が映った。
「退けっ! お前に用はない……」
「お前……っ。その金色の目はっ」
「聞こえなかったのか? この体を満たせるのは駈だけだと言っている」
気怠げではあるが、意志を持った力強い声で輝流が言い放つと、晴也は動揺し彼の腰に掛けた手を解いた。
その瞬間、一発の銃声が静寂を打ち砕いた。
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