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【11】

 駈は邸に戻るなり、出迎えた使用人たちの声には見向きもせず、階段を上り廊下の突き当りにある輝流の部屋へと急いだ。  途中、予想外の事故渋滞で輝流に飲ませた抑制剤が切れ、狭い車内で甘い匂いを撒き散らした彼に、発狂するかと思うほどの苦しみを味わった。  部屋のドアを蹴破る勢いで開けると、彼を横抱きにしたままバスルームへと向かう。  輝流が帰宅し、いつでも入浴出来るように用意されている大きな猫足のバスタブの縁にワイシャツ姿の彼を腰掛けさせると、自身は着ていた上着とベスト、靴もタイルの上に放り投げ、乱れた黒髪をかき上げてバスルームのドアを乱暴に閉めた。  金色で装飾されたシャワーハンドルを捻ると、一瞬で湯気が充満し、備え付けの鏡や窓ガラスが曇っていく。  小さな喘ぎ声を漏らす輝流の腕に手をかけて立ち上らせると、シャワーから注ぐ湯の下に立たせた。  そして、駈は後ろから力強く抱きしめると、ワイシャツの襟から覗いた白い首筋に顔を埋めて、唸るような低い声で囁いた。 「――あの男に、何をされた?」  濡れたシャツの上から、わずかに色づいた乳首を弾かれ、輝流は「はぁ……」と吐息した。  勢いよく体に叩きつける湯に打たれたまま、駈は輝流の腰をさらに引き寄せた。  彼の所有の証である噛み痕は、今はもう薄くなり始めていた。そこにやんわりと牙を押し当てると、ビクンと体を跳ねさせる。 「まさか、この場所にキスを許したわけじゃないだろうな」  フルフルと水滴を散らしながら首を横に振る輝流の胸の突起を指できつく摘まみ、更に大きな掌で滑らかな脇腹のラインを確かめるように撫でた。 「この肌に、触れさせたのか?」  堪え切れない欲情と、後ろめたい想いが輝流の細い体を小刻みに震わせる。  故意ではなかったとはいえ、番である駈以外の男に触れられたことは不快で――それなのに、この浅ましい体はその手にさえも反応してしまった。  勃起したままのペニスを揺らしながら、身を強張らせ自身の唇に恐る恐る触れる輝流に、駈は目を細めて語気を強めた。 「――キス、されたのか?」  心の内に隠していた事を言い当てられ、輝流はビクッと肩を揺らした。 「どこに触れられた? その唇で、あの男のキスを受け入れたのか?」 「ご……ごめん、な、さい。ごめ……っ」  自分は責められても仕方がない。駈という番がいながら、他のαを誘ってしまったことには変わりはない。それだけでなく、彼以外に欲情するはずのないこの体は、残酷にも晴也を求めていたことは確かだ。  心と体が噛み合わないもどかしさに、輝流は嗚咽を漏らし始めた。 「俺……淫乱なΩなんだ。お前が……いるのに、他の……男、誘ったり、しちゃうんだ」  髪から滴る雫と共に頬をもっと熱いモノが流れ落ちた。  普段は強気で、負けず嫌いの輝流が駈に見せる弱さは儚くて愛おしい。  これ以上力を込めたら壊れてしまう。そう分かっていても自然と手に力が入ってしまうのは、純粋に離したくないと思ったからだった。  輝流のフェロモンに過剰に反応した体は制御がきかない。  駈は息を弾ませながら輝流の耳朶を甘噛みし、口元を押さえている彼の手をそっと掴んだ。 「じゃあ、この淫乱な体を満たしてやらないといけないな。俺以外の男を寄せ付けないように……」  彼の手をそっと除け、代わりに自身の指を輝流の唇に捻じ込む。二本の指を交互に動かして舌を挟み込むと、輝流は顎を上向けて腰を痙攣させた。  不意に力が抜けた彼の腰を支えながら、駈は耳殻に舌を這わせて意地悪気に言った。 「イッたのか? 射精もせずに……」  湯の勢いをかわしながら薄く目を開けた輝流は胸を喘がせて口内の指に歯を立てた。  駈に対するささやかな反撃のつもりだろうか。しかしそれは、駈の欲情をさらに煽るものとなった。 「俺に許可なくイクとは……。あの男のキスでもイッたのか?」 「ちが……っ、ぐ……はぁはぁ……っ」  しっかりと回された腕から逃れるように体を捩ってすり抜けた輝流は、タイルの壁に背を凭せ掛けた。  濡れたワイシャツが白い肌に張り付き、駈を誘うようにツンと尖った胸の飾りが呼吸と共に赤みを増す。  そして、白磁で出来たバスタブの縁にゆっくりと脚をあげてつま先をかけた輝流は、腰を前に突き出すようにして赤く充血した自身のペニスを弾いた。 「駈……駈、早く……きてっ」  以前とは比べ物にならない輝流の乱れ様に、駈はゴクリと唾を呑み込んだ。  本能が目覚める前とは間違いなく異なっている。生まれながらにして運命づけられた相手に自身を曝け出し、子種を欲する。Ωの発情には個人差があると聞くが、輝流の場合は今まで抑え込んでいたものが爆発したと言っても過言ではなかった。  ゆらりと腰を動かして、勃ちあがったモノをこれ見よがしに揺すりながら舌を出してキスを強請る輝流の姿に、駈は小さく吐息して自身のワイシャツのボタンを外した。  晴也が触れた場所をそのままにはしておきたくない。  バスルームに駆け込んだのはそんな些細な理由からだった。輝流も駈も潔癖症というわけではない。だが、穢れた手で、唇で、最愛の伴侶に触れたとなれば話は変わってくる。  駈は革のベルトを引き抜き、スラックスの前を寛げると我慢に我慢を重ね、輝流のフェロモンによっていつ弾けてもおかしくないほどに膨張した楔を下着から出した。  不意に放たれたオスの匂いに即座に反応した輝流は、舌先を伸ばして小さな牙を剥いた。 「これが欲しいのか?」  駈の問いに満足気に微笑むと、その腕を伸ばして彼を招き寄せた。そして、引き締まった体を確かめるように体を預け、その場にゆるりと両膝をつくと駈の股間に顔を埋めた。  ダラダラと透明の蜜を溢れさせる愛しい男の楔に手を添えて、茎を伝う蜜を舌先で掬っていく。 口内に収めようと試みてはみるが、長さと太さを誇る彼の楔は先端を含むことが精一杯で、小さな口を大きく開けたままキャンディを舐めるように舌を動かした。 「――輝流っ。ん……はぁ、はぁ……」  しっとりと濡れた輝流の髪を撫でながら、駈は目を細めて吐息した。  その瞳は鮮やかなブルーへと変わり、髪に食い込む指先は長い爪が伸びていた。  輝流から与えられる快感に、わずかに開いた唇の端には牙が見え隠れし、本来の姿である人狼へと変わっていった。  無数の滴が降りそそぐ湯に打たれたまま、拙いながらも口淫を続ける輝流。彼の手は茎の根元にある亀頭球を優しく愛撫していた。 「かはっ。駈の……好き。これで気持ちよくさせて……」  うっとりとした目で長大なペニスを下から上まで舐めるように眺めてから、赤黒く膨らんだ亀頭球に舌を這わせた。 「んあぁ……ひ、かるっ! そこは……っ」  駈にとっての性感帯であるソコは、ドクドクと脈打ちながら彼の舌を迎えた。  立ち込める湯気の中で金色の瞳が誘うように駈を見上げる。生まれたばかりの仔犬のような小さな牙は、輝流の血筋である狼の特徴なのだろう。それが何よりも愛らしく、誇らしくもあった。 「輝流……落ち着けっ」 「ムリ……。駈がいるのに……。こんな近くにいるのにっ。俺の運命は……母さんの中に宿った時に決まってた。はぁはぁ……っ。お前と……結ば、れ……るって分かったから。ずっと、ずっと……愛して、た。全部……本能が、教えて……くれた」  そう言いながら立ち上った輝流は、駈の腕に縋る様に抱きつくと、鍛えられた体に頬を寄せた。  濡れたワイシャツに透けた彼の胸の突起を指先で転がしながら、唇をわずかに開いて舌を覗かせた。 「キス……して。駈のキス……いっぱい、頂戴……っ」  二ヶ月前、初めて経験したとは思えないほど手練れたその仕草に、駈は圧倒されながらも輝流の琥珀色の綺麗な瞳を見つめた。  濡れた髪から落ちる水滴に睫毛を濡らし、パチパチと瞬きを繰り返す勝気な瞳が自分だけを見つめていると思うだけで、体中の熱がうねり狂いそうだった。  日本にかつて存在した美しい狼。その末裔である輝流もまた、しなやかな体と美しさを纏っていた。  輝流の細い腰に手を回してそっと抱き寄せる。  互いのペニスを挟み込むようにして体を密着させると、駈は迷うことなく輝流の唇を貪った。  舌を絡ませる度に漏れる吐息。角度を変えて身じろぐと濡れたシャツが絡まり合う。。  どちらの水音かも分からなくなるほど激しく深く、愛情を確かめ合った。  髪から流れる滴が濡らした唇がゆっくりと離れると、駈はもう限界だと言わんばかりに彼の体を反転させバスタブの縁に両手をつかせると、先程から収縮を繰り返していた淡い蕾に凶暴な楔の先端をグッと押し当てた。 「ん……あっ!」  たったそれだけで天井を仰いで声をあげた輝流の肩を後ろから掴み、ゆっくりと腰を沈めていく。  その場所はあの時とは比べ物にならないほど柔らかく熟れ、何の抵抗もなく駈の茎を呑み込んでいった。 「あ、あぁ……。入ってくる……太くて、硬いの……あ、はっ。もっと、来て……っ」  厚みのない細い体のどこに、この長大な楔が収まるのかと思うほど、奥へ奥へと引き込まれていく。  だが、輝流の後孔は難なく茎の全てを咥え込んだ。  最後の砦である根元の亀頭球を求めて、輝流がわずかに腰を突き出した時、その腰を大きな手がグッと掴んで挿入を止めた。涙目で肩越しに振り返った輝流に、駈は身を屈めてキスを落としながら言った。 「今はここまで……。これを入れたら逆上せてしまうだろ?」 「駈……。俺はお前の子を産みたい……」 「分かっている。だが、今はお前の身体の方が大事だ……。あの男の穢れを落としたらベッドに行こう。情けなくも余裕のない俺を許してくれ。ん――っ」 「はぁ……んっ!」  甘い声がバスルームに散らかった。  駈の思いやりともとれる言葉の後で、輝流を待っていたのは脳天に直接響くような激しい突き上げだった。  内臓を押し上げるように最奥を硬い先端で突かれ、輝流はそれだけで達してしまった。  勢いのある射精に芯を持ったままの茎が大きく揺れる。白濁はバスタブやタイルにまで飛び散り、どろりと流れ落ちていった。 「――もう、イッたのか?」 「だって……。はぁ、はぁ、駈が……いきなり……んあっ……それ、やだぁ!」 「嫌なら……やめるか?」 「やだぁ……もっと、突いてっ。奥……俺の子宮に……いっぱい、出してっ」 「そのセリフ、他のヤツの前で言ったら許さない……から、なっ。ふん――っ」 「あぁぁっ。あ、あ、あぁ……イイッ。き……ち、いいっ!」  うねる様に絡みつく輝流の中で抽挿を繰り返す駈は、少しだけ腰を引いて大きく張り出したカリの部分で彼のいい場所を探り当てた。  そこに触れただけで、中が急激に収縮し楔を締め付ける。  顎を仰け反らせ、髪の水滴を散らしながら嬌声をあげた輝流は、ガクガクと腿を震わせて崩れ落ちそうになった。慌てて腰を支えて立たせると、恨めしそうな目で振り返りざまに睨んできた。 「意地悪……」 「お仕置きだと言ったろ?」 「俺……悪いこと、してな――あぁぁぁっ!」  激しく腰を揺らして再び達した輝流は、バスタブの縁にしがみ付くようにして腰を突き出すと、背中を上下させて荒い息を繰り返した。 「発情させられたとはいえ、あの男の前であんな姿を晒すとは……っ」 「俺が……悪い……の? 駈……悲しい?」 「あぁ。悲しいというより……ぅんっ。嫉妬で……狂い、そ……だった」  パンパンと激しく肌をぶつけ合う音が響き、水滴が飛び散った。  体を揺さぶるたびに駈の長い前髪の先から滴が落ち、その奥で形の良い眉がきつく顰められる。 「――出すぞ、輝流」 「ん――。いっぱい、出して」  甘えた声でそう答えた彼の肩にキスを落とし体勢を整えると、何かに突き動かされるように激しく腰を振った。  彼の蕾の入口の薄い粘膜がめくれ上がり、大きく楔を引くたびに濡れた茎に纏わりついてくる。  その光景は酷く煽情的で、同時に断続的に発せられる輝流の声も相まって、駈は一気に昇り詰めていった。 「イクぞ……全部、受け止めるんだ」 「来て……。駈の精子……俺の中に、ちょ……だいっ。はぁ、はぁ――ひゃ、あぁぁぁぁぁぁんっ」 「うっ――ぐぁぁぁぁ」  熱いほどの粘膜に包まれた駈の楔が一際大きく膨張し、何か別の生き物でもいるのではないかと思うほど激しく脈打った。隘路を駆け上がる熱はいつ果てるともなく迸り、輝流の最奥の壁に叩きつけては子宮の入口をしとどに濡らした。それを中に押し込むように、更に抉って奥へと突き込んだ時、輝流は痙攣を繰り返したまま意識を失った。  それでもなお、蕾はヒクヒクと駈の楔を食み、中は無数の虫が蠢くように奥へ奥へと誘う。  長い射精を終え、輝流の体を支えたまま楔を引き抜くと、ボタボタと音を立てて床に大量の白濁が流れ落ちた。  ぐっしょりと濡れ、重さを増した彼のワイシャツを脱がし、ゆっくりとタイルの床に座らせると、駈は自身も濡れたシャツを脱ぎ、スラックスを脱ぎ捨てた。  細身ではあるが鍛えられた体はしなやかな筋肉で覆われ、野性のそれを思い起こさせる。  手早くタオルで輝流を包み抱き上げると、駈はしっかりとした足取りでベッドルームへと向かった。  禊を終えた二人の体はしっとりと汗ばみ、シーツに横たえた輝流は再び胸を大きく喘がせて駈の名を呼んだ。  身じろぐたびに漂う甘い花の香りは、だんだんと強くなっていく。  その香りに抗うことの出来ない運命の番は、ベッドに片膝をつくとおもむろに唇を重ねた。  今までに、これほど性に貪欲になった事があっただろうか。着衣を脱ぐことなく交わった事があっただろうか。  輝流が発するフェロモンの影響とはいえ、これほど余裕のない自分と向き合うのは初めてだった。  欲しくて欲しくて堪らない。  いっそ、誰の目にも触れさせることなく、このまま閉じ込めてしまいたい。  しかし、自身を支配する香りに眩暈を覚えながらもわずかに残った彼の理性は、ベッド脇に置かれたナイトテーブルの抽斗に手を伸ばしていた。  意識朦朧としたままうわ言のように名を呼ぶ輝流には気付かれていない。  駈は抽斗の中から取り出した赤い錠剤を口に入れると、奥歯でカリリと噛み砕いた。  苦みに一瞬だけ顔を顰め、何度も唾を呑み込む。 「――これで、いい」  それは駈の輝流に対する思いやりだった。  服用したのは精子の生殖機能を低下させる――いわば殺精剤だ。  前回は勢いでこれを服用することなく性交を重ねた。しかし、運よくと言えば聞こえは悪いが妊娠は回避された。発情期もセックスも輝流にとっては初めての事で、体が上手く対応しなかったことが幸いした。  でも、今回は違う。前回のことで輝流の体は駈の精子に対してもセックスに対してもストレスを感じなくなっている。それに加えて、薬で発情周期を狂わされたままの状態で駈と体を繋げれば確実に妊娠する。  まだ十七歳である輝流は、選ばれたαのみが入学を許される高校に通っている。そんな彼がいきなり妊娠・出産をするとなれば相手を勘繰らないはずがない。  正式に婚姻も当主の任命もなされていない今、マスコミの格好の餌食となるのは目に見えている。  晴也という煩わしい男が一人消えたとしても、現実を突然捻じ曲げるわけにはいかないのだ。 「あと二年――だけ」  彼が高校を卒業し、大学に進学するすれば面倒な縛りはなくなる。この国の同性婚は十六歳から認められているが、今はその時期ではないと駈が判断したのだ。  発情期が来れば体を重ねずにはいられない。だが、本能が目覚めた輝流は、いつまでも妊娠しない自分を責める可能性はある。そうなる前にすべてを打ち明ける覚悟は出来ている。  殺精剤の効果はその時限りで、副作用や後々の後遺症などはないと、臨床実験や現在服用している者たちによって立証されている。  人狼である駈の大量の精子を受け入れた子宮は間違いなく子を成す。それが最も相性のいい狼族の末裔であれば尚更だ。  子は欲しい――。でも、もう少しだけ輝流を自由にしてあげたいと思う駈の気持ちは、送迎時の彼の楽しそうな笑顔を見るたびに大きくなっていった。  友人は多い。それに彼を慕う者も少なくない。  将来、何らかの力になるであろう者の大切さは駈自身も分かっていた。現に、自身がこうしていられるのはそういった者たちの協力があったからだ。  こう言えば聞こえがいいかもしれないが、駈の中ではもう一つの理由があった。  発情期中の輝流は思考も体も子を成すことだけに囚われる。熱に浮かされたように「駈の子が欲しい」と口にしてはいるが、それが彼の本意なのかは分からない。  互いの想いは通じた。しかしそれは、輝流が駈を許した事にはならない。  運命を捻じ曲げ、彼の意志を無視するような形で結ばれた二人。  自身の体に駈の子を宿らせることを輝流が許し、認めることが出来るかという点では不安が残る。  彼の承認なしでは、セックスもただのレイプへと名を変える可能性があるからだ。  それ故に焦りは禁物であり、彼との関係をより深く強固なものにしていく必要がある。  駈がこれから最も力を注がなければならない事――それには『今』ではなく、それなりの時間が必要だ。  ベッドに腰掛け、汗ばんだ額を拭ってやると、虚ろな目で駈を見つめる輝流がいた。 「駈……もっと。もっと……愛して。俺を……愛してくれ」 「お前以外、誰を愛すると言うんだ……。心配しなくていい。俺はお前を生涯愛し続けるから……」 「ホント? 俺だけ……?」 「あぁ……」 「俺も……ずっと、愛していく。お前だけ……」  欲情し、目を潤ませたまま笑う輝流に、駈はわずかに俯いてやるせなさに髪をかき上げた。  生涯、この男にだけは勝つことは出来ない――そう思った。  輝流を縛っていたと思っていた見えない鎖。しかし、実際は彼に手綱を握られていたとは……。  執事と主という関係が壊れた瞬間、逆転するはずの立場は変わることはなかった。  体を支配する熱に浮かされ、足の爪先をキュッと丸めてシーツを掴む輝流。その足先を恭しく持ち上げて指先に唇を寄せる。  その感触にさえも震える彼が愛おしくて、駈は目を伏せたまま言った。 「私は永遠にあなたのしもべです……」  野宮家の本来の当主である駈を跪かせる唯一の存在。それは輝流以外の何者でもなかった。

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