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A面 バツイチパパ 斉藤敏和 35歳

 もうこんな時間!  亮真のお迎えは20時を予定していたのに、すっかり遅くなってしまった。保育園は24時間稼働している所を選んだので問題はないけれど、息子はきっと時計を見ながら待っているだろう。  園で夕食とシャワーを済ませ、寝間着がわりのリラックスウェアを着せてもらった亮真は、最近ハマっているルービックキューブに夢中になっている。奥の部屋からは就寝中の寝息、お迎えの来る子は入り口寄りの部屋で遊んで待っている。 「あ、パパ!おかえりなさい」  FeliCaカードをかざして退園ボタンを押し、おたより帳と持戻りの袋をまとめていると、亮真が駆け寄ってきた。正面から抱き着くのではなく、屈んだ背中に唐突によじ登るのがお決まりの戯れ方。 「首っ! 首しまっちゃうよ、亮!」 「んー、平気だよー」  ……平気かどうかお前が決めるな。頭頂までの登頂で満足したのか自力で下山した3歳児に靴を履かせ、先生に挨拶して駐車場へ向かう。  車内でその日のことを聞くのが今の日常だ。  突然、妻が家を出て行った。  会社から帰ると、亮真がひとりでリビングのテレビを観ていて、嫁は風呂場かトイレかな?などと呑気に思うほど、何も変わらず一人だけ人が消えていた。  次の日掛かってきた妻の実家からの電話で、ようやくことの重さを理解した。ストレスが溜まって逃げ出したレベルでは済まない、完全なる離婚話だった。  息子は「これでママが幸せならいい」と納得していて、息子がいいのならまあいいのかな?とそのまま受け入れて、今の暮らしが始まった。 「ほいくえんに新しいせんせいが来たんだよ。ゆきせんせいっていうんだ。ぼくなかよしになったの」 「へええ、若い?」 「んー、わかくはない。」  子供は容赦ないな。 「わかくないけど優しいし、かわいいよ!」 「へええ」  妻が聞いたら怒りそうな会話だな。男二人だとどうにも気が抜けて、こんな調子だ。 「ぼくより遅く来て、夕方帰るから クジゴジノシフト だよ」  あ、9時〜5時のシフト、ね。大人の言うことを何でも真似しやがる。 「かわいい先生かー!どんなパンツ履いてんのかなー!」 「まだ見てないけど」 「そりゃそうだろ」 「……きっと布だよ」  ……そりゃお前、お前みたいに紙パンツってことはないだろう?  元気にただいまを言った亮真にホットミルクを入れ、歯磨きしてベッドに押し込む。21時半。そろそろ幼児は眠らないと。 「パパ、クジゴジに間に合うようにお迎えに来てよ、きっとゆきせんせいのこと好きだよ。パパのタイプどんぴしゃだもん」  そうか、会えるのを楽しみにしておくよ。  お前が思うパパのタイプの人ってどんな人だろう。ずいぶん懐いているようだし、ママに似てるのかな…  残念ながら、ママはパパのタイプじゃ無かったから、それが伝わってママは出て行ったんだけど。  言えないよな。まさか、お前のパパは女の人に触れられない、なんて。  パパが本当に一番好きな人は、一生懸命でたくさん話を聞いてくれて、一緒に笑って泣ける人だよ。酷いことして別れたから、もう会うことは無いけれど。  その人を裏切って、ママとやっていくことにしたんだけど、なかなか上手くはいかないな。  頑張って家族になろうとして、ママが妊娠したとわかって、名付けの本を買ってきたら、会社の先輩に言われたんだよ。「子供に初恋の相手の名前を付けておけば、寝言で名前を呼んでも安心だ」って。ヒドイ先輩だろ?  お腹の子が男の子だってわかった日に、ママに頼んだんだよ。リョウマって呼びたいから、漢字を決めてくれって。  大切な名前なんだ。とてもとても好きだった人の名前を、内緒でお前に付けたんだ。

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