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第52話 もっと見えないところには噛みあともある

大川先生が護を外に追い出したようで、一人でオレのベッドのわきにやってきた。 気配で見下ろされているのがわかった。 オレは閉じていた目を開けた。 「桜井くん、最近欠席がちだよね。相手にもうちょっと体のこと、気づかってもらってね」 と、大川先生。 首を動かして先生の顔を見た。 「……そんな言葉あるのも、知らないと思いますよ」 先生は少し驚いた顔をしたけど、すぐににこやかに笑った。 「否定されるか誤魔化されるかと思ったよ」 と、先生。 「さっき見えたでしょう」 「体温計はさむときにね」 学園の制服はブレザー。 紺の上着にグレーのズボンに水色の開襟シャツ。 そしての臙脂色のネクタイ。 濃紺のベストとカーディガン。 白の靴下、黒の革靴。 白の体操着に濃紺のハーフ丈の体操ズボン。 紺の体操着用のジャージ。 白のハンカチ、白のタオル。 それぞれワンポイントで芙蓉学園の校章が刺繍されている。 学園には、制服をきちんと着ている生徒と着崩した生徒がいる。 学年があがれば、おおざっぱな制服姿の生徒が増えていく。 オレもそちらがわの人で、上着なしのノータイがほとんど 指定の水色のシャツなんか着ずに、好きなシャツを着ていたし。 上着はジャケットじゃなくて、指定じゃないベストやカーディガンやパーカーを着用してた。 龍ヶ崎との情事の痕跡を隠すために、この春からきちんと制服を着ている。 龍ヶ崎は、オレのシャツの襟元や手首から見えるか見えないかのところに、跡をつける。 誰かに指摘されて、オレがどんなふうに言い訳するのかを、おもしろがっているのだと思う。 キョドるオレを見たいようだけど、誰にもつっこまれない。 体操着だと半袖だから、ふだん隠している首も腕もみんなの目にさらされるけど、あえて誰も何も言わない。 あの野間でさえ、ふざけながら冗談みたいに、 『桜井ってばエッチ』 なんて、軽口をたたかない。 クラスのみんなは、オレにつけられたキスマークになんか興味がないんだと思う。 だって、それについて誰にもなにもふれられなかったから。

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