53 / 67
第53話 しょせん籠の鳥
「沢木くんも見たよ。配慮しなくてごめんね」
と、先生。
オレは体温計をはさむときに、ボタンをはずしたままで胸元がはだけていた。
なまなましい情事のあとをさらした状態だ。
いまさらつくろっても遅いし。
「……護は知ってますよ。たぶん全部」
と、吐き捨てた。
先生がパイプイスを持ってきて、オレのそばに座ってきた。
「沢木くんは友達でしょ?」
と、先生。
「……友達じゃない。護は家からの指図でオレに付き合ってただけ」
「そんなふうには見えなかったよ。本当にきみのことを心配してた」
「監視されて、きっと逐一家に報告されてた。それが護の仕事だよ。……そんなの友達じゃないでしょ?」
自分のセリフに滅入る。
家からの指示で友達のふりをして、オレとつるんでいた。
いろんな思い出も、嘘でかためられた虚像にすぎなかった。
右腕で顔をかくした。
先生は、オレの首にあるだらしくなくゆるんだネクタイをはずし、胸元のボタンを第一ボタンを残してはめていった。
「彼は本当に家からのきみの監視人なの?」
と、先生。
「否定しなかった」
「ちゃんときいたの? 言い訳をさせることも、許さなかったんじゃないの?」
「…………友達かって聞いたら、友達だって答えた」
先生が困ったようなかわいた笑い声をだした。
「それのどこが監視人なの? それはきみのたずね方が悪いよ。従僕かと聞かないと」
は?
オレは腕をはずして先生を見た。
先生は柔和な顔でオレを見ていた。
主従関係など次期当主ではない自分には無関係。
家を継ぐのは兄の晃一 だ。
オレはグループ企業のすみっこで、細々と働かせてもらえれれば御の字。
オレは桜井の末っ子だから従属なんかいない。
まず、オレの言うことを聞く使用人がいない。
家では次男のオレよりも、家令 の方が権力を持っていた。
ともだちにシェアしよう!