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第53話 しょせん籠の鳥

「沢木くんも見たよ。配慮しなくてごめんね」 と、先生。 オレは体温計をはさむときに、ボタンをはずしたままで胸元がはだけていた。 なまなましい情事のあとをさらした状態だ。 いまさらつくろっても遅いし。 「……護は知ってますよ。たぶん全部」 と、吐き捨てた。 先生がパイプイスを持ってきて、オレのそばに座ってきた。 「沢木くんは友達でしょ?」 と、先生。 「……友達じゃない。護は家からの指図でオレに付き合ってただけ」 「そんなふうには見えなかったよ。本当にきみのことを心配してた」 「監視されて、きっと逐一家に報告されてた。それが護の仕事だよ。……そんなの友達じゃないでしょ?」 自分のセリフに滅入る。 家からの指示で友達のふりをして、オレとつるんでいた。 いろんな思い出も、嘘でかためられた虚像にすぎなかった。 右腕で顔をかくした。 先生は、オレの首にあるだらしくなくゆるんだネクタイをはずし、胸元のボタンを第一ボタンを残してはめていった。 「彼は本当に家からのきみの監視人なの?」 と、先生。 「否定しなかった」 「ちゃんときいたの? 言い訳をさせることも、許さなかったんじゃないの?」 「…………友達かって聞いたら、友達だって答えた」 先生が困ったようなかわいた笑い声をだした。 「それのどこが監視人なの? それはきみのたずね方が悪いよ。従僕かと聞かないと」 は? オレは腕をはずして先生を見た。 先生は柔和な顔でオレを見ていた。 主従関係など次期当主ではない自分には無関係。 家を継ぐのは兄の晃一(こういち)だ。 オレはグループ企業のすみっこで、細々と働かせてもらえれれば御の字。 オレは桜井の末っ子だから従属なんかいない。  まず、オレの言うことを聞く使用人がいない。 家では次男のオレよりも、家令(かれい)の方が権力を持っていた。

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