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第59話 手はつないでいませんよ

校舎を出て寮に向かう途中で、すれ違う人々が立ち止まってオレたちを見ていく。 もうすぐ午後の授業が始まるのに、逆方向に歩いていくから、めちゃくちゃ目立つ。 「カバン忘れた。スマホも」 と、オレ。 「後で持っていく」 「なんで?」 「……なんでって。教室に戻るから」 「いや、いいよ。野間に頼むから」 「スマホもないのにどうやって?」 「あぁ……野間なら気づくよ」 「なんでも、野間野間だな」 「はぁ?」 「モーニングコールも欠席の報告も野間」 …………席が遠いのに聞こえてたんだ。 華やかな取り巻きに囲まれて、オレのことなんか眼中にない顔してたのに。 「……人の会話に聞き耳なんかたてんなよ」 と、オレ。 「聞かれて困ることでもしゃべってたの?」 「しゃべってません」 「反抗的」 丁寧に話したらなぜに反抗的なのか? 龍ヶ崎の感性がなぞだ。 「沢木と、もめてた?」 と、龍ヶ崎。 あの距離で何がわかる? 空気感なんて、感じられないだろ? 「いたってフレンドリー」 と、オレ。 「まぁ、あんたがわがまま言っても、沢木はなんでも許容するしかないしね」 「…………なに、それ?」 「だって、『家の者』でしょ」 と、しれっと答えた龍ヶ崎。 オレは立ち止まった。 必然的に、オレの腕をつかんでいる龍ヶ崎も止まってしまう。 中等部3年の二学期から転校してきた龍ヶ崎に、沢木護が家からつけられた世話役兼監視人の『供人』だと見破られていた。 いつから気づいた? 他の生徒には、もっと早くから知られていたのかも知れない。 野間は中等部からの外部生だ。 彼ならもっと早くに気づいていたかも知れない。 「具合悪いの?」 と、龍ヶ崎。 体調不良のままだが、精神的にも不安定だ。 「…………どうして」 と、オレ。 「見てればわかるよ。……もしかして、知らされてなかったの?」 と、龍ヶ崎の目が奇異なものを見るように見開かれた。 子供の頃から、護がそばにいるのが当たり前の日常で。 家からの指示で、そばにいてくれていたのに。 はたから見れば、かんたんにわかってしまう関係に、オレはずっと気づかずにいたんだ。 当事者のオレだけが気づかずにいた。 ただただ己の愚鈍さにあきれるしかない。 「あんたは心の機微を読むのが苦手だからなぁ。……そういうのも、ありか」 と、なぜか自己完結してきた龍ヶ崎。

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