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───四日目。 あっけなく透は解放された。 彰広の手で風呂に入れられて清められて、この部屋に入ったときに着ていた服を着せられた。 「俺がヤクザだってことは知ってるな?」 部屋を出る扉の前で彰広は透に言った。 「俺は自分の組を持つ。これまで以上に修羅の道を歩むことになるだろう」 「……」 「その前にどうしてもお前に会いたかった。会って顔を見るだけでもよかったが……あれは賭けだった」 彰広はこの三日間で少しやつれた透の頬を優しく撫でた。 「理由なんて知らねぇよ。いつまでたっても治らない傷のような、引っかかったままの小さなササクレのように……ずっとお前が忘れられなかった」 でもこれで前へ進める。 迷うことなく、修羅の道へと…… 最後にそっと、彰広は透に触れるだけの口付けをした。 「好き勝手やったが、謝らないぜ。なにせ俺はヤクザだからな」 彰広はニヤリと悪い笑みを浮かべたが、それすらも魅力的だった。 透は何も言わなかったし……何も言えなかった。 振り返らずに静かに部屋を出て、表通りまで歩いた。 ───透はあて無くフラフラと歩き続ける。 彰広は側にいろとも、ついてこいとも言わなかった。 あのまま透を閉じ込めて囲い続けることも、今の彰広にはできただろうが、そうはしなかった。 透もヤクザをやめて一緒にいてくれとは言わなかった。 何もかもを捨ててついて行くほどには、お互い愛し合ってはいない。 ただ時折うずく小さな傷痕のように、お互い忘れ得ない相手だった。 ───さっきまでは。 もう彰広は違う。 二度と振り返ることなどなく、前へと進むだろう。彼の選んだ修羅の道を…… 透はこの三日間で自分が作り変えられてしまったのを感じていた。 もうあんな風には誰とも交われないだろう。 小さな引っかき傷だった想いは、彰広によって深い傷痕へと広げられていた。 彰広もそれに気付いていたし、そのことに満足もしていた。 もう二度と会うことがなくても、いつか透が結婚して普通の家庭を築いたとしても…… 一人の夜にはこの三日間のことを思い出し、彰広のつけた傷痕に疼かされるのだ。 彰広はそれで満足だった。二人の人生が遠く離れ、二度と交わることがなくても。 透も彰広のもとへ引き返す気はなかった。 抜け殻のようにフラフラと歩き続けながら、あの放課後の誰もいない教室で、彰広との初めてのキスを思い出していた。 初めてのキスと最後のキスは、ただ触れるだけのママゴトのようなキスだった。 全てを忘れて抱き合い、好きだと愛を囁き続けたこの三日間は─── まるで…… まるでママゴトのような恋だった。 end

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