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第2話

 ゆうを抱っこしてアパートの階段を下りる途中、よく知らないおばさんに微笑まれた。スーパーでも知らない人達から微笑まれた。これぞ子供パワーだよなあと思う。周りを笑顔にしてくれる。きっと俺は父親に見えたのだろう。それは俺が絶対手にすることのない肩書きだけれど。  スーパーからの帰り道はすっかり暗くなっていた。もうすぐアパートに着くところで、不意に啓太が呟く。 「ねえ、なんか家族みたいで楽しいね!」 「兄弟とそのどっちかの子供って構図には見えるかもな」 「やっぱり夫婦には見えないかあ」  啓太の声が、暗い。  少し前、俺は父親から無理な見合いを進められ断るはずみでカミングアウトした。それを機に絶縁された。その時に「子供も持てない欠陥品」と言われたことを気にしているのだろう。何度も「僕が女の子だったらよかったのに」と泣かれたのはひたすら苦しかった。 「俺がおまえの子を産めたらよかったのにな」 「えっ、遊ちゃんが産むつもりだったの?」 「そりゃ好きな人の子なら産みたいだろ。けど、俺には出来ない、残念だ」 「僕も出来ないよ、残念。遊ちゃんと子供と僕、きっと楽しいのにねえ」 「そうだな」  腕には愛しい重さがある。けれど、この幸せはひとのもの、だ。この幸せは俺達のものじゃない。俺達は別の幸せを探さなければならない。慶太が寂しそうに笑っている。本当は慶太だって子供が大好きなのだ。保育士になりたかったのだと言ってくれたことがある。学校に行けなくて無理だったけど、と笑っているが、働いた金を貯めているのはいつか保育士の資格をとりたいからだと知っている。  俺達には俺達の幸せがあるのだ。俺は今まで誰にも話していない夢を、今、どうしても啓太に話したいと思った。 「あのな、俺、定食屋やりたいんだよな」 「はい? なに、急にどうしたの? 確かに遊ちゃんの作るごはん、滅茶苦茶おいしいけど」 「そりゃ良かった。ほらなんかさ、この時代、隠れ貧困みたいなこと言うだろ? だから本当に腹減ってる子供いたらウチの店で食ってけよって言えるような、そんな店やりたいんだよな」  話しながら段々と顔が熱くなってくる。こんなものは子供の夢物語と同じだ。綺麗事だわ脳みそお花畑だわで少なくとも二十八の男が口にするようなことじゃないだろう。でもきっと啓太は。 「凄いね遊ちゃん! 素敵な店になるね、僕もそこで働きたい」  慶太は笑わない。二十八の男の夢想を啓太は笑わない、そういう男なのだ。慶太の頭に手をのせ髪を撫でた。辛い思いもしながら生きてきたのに、どうしたらこんなに真っ直ぐにきらきらしたままでいられるのだろう。慶太は綺麗だ、それが俺の力にもなる。 「おまえは保育士になるんだろ」 「――うん」  さっきまできらきらだった啓太の笑みが濁った。こんな表情をするのは珍しい。さっきまで楽しいねと言っていた矢先なのにだ。なにかおかしい。 「慶太? おまえ何か――」 「早く帰ろ、ゆうがお腹すいてるかも」  それもそうだ。腕の中でゆうはおとなしくしているが、おとなしすぎると言ってもいいかもしれない。スーパーでも泣きもしなかった。それにそろそろおむつも替えてやらないといけないだろう。  俺達はいそいそとアパートへ戻った。

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