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第3話

 案の定、ゆうは腹ぺこだったのか、作ったミルクをえらい勢いで飲んだ。それでも何か欲しがっているようだたからすりおろしたリンゴを少し口元に持っていってやると、美味そうに舐めた。 「可愛い」 「だろ、子供が物食ってるところって世界最高に可愛いよな」 「……遊ちゃんって、とんでもない親ばかになるよねえ」 「うるせえ。さておむつ替えるか。失礼しますよ、あれ、ゆうちゃんは男の子だったのか。……おむつかぶれが凄いな……痛そうだ」  おむつかぶれはなるときはなるから仕方ないけど、赤くなった場所が痛そうで可哀想だ。姪っこにも使っていた薬を塗ったが、勝手なことをして良かっただろうかと不安になってくる。各家庭には各子育て方法があるということも姉夫婦から教わったことだ。 「なあ慶太、薬を塗ったけどいいよな? ゆうちゃんの親って細かいタイプ?」 「ん? えっと、――分かんない……」  ゆうを楽しそうに見ていたはずの慶太は、また顔を曇らせる。  やっぱりおかしい。  好きな子供と一緒にいるのに、こんな顔をするような慶太じゃない。だいたい、あまりにもゆうの事が分からなすぎる。親のことを聞いても誤魔化されてるような気がするし、だいたい他に預ける先がなかったとはいえ、こんなに何も用意しない親がいるだろうか? 嫌な予感がする。 まさか、まさかと思うが――本当に友人から預かったんだろうか?  ぞくりと背中が震えた。いや、預かったんじゃないっていうなら一体なんだというつもりなんだ俺は。けれど、嫌な予感が体を包んでいくのを止めることができない。こうなったらはっきりさせた方がいい。俺の勘違いならそれでいいのだ。 「慶太――やっぱりゆうちゃんの親に連絡とりたいし、ちょっとオーナーに電話してくれるか? オーナーも知り合いなんだろ?」  慶太がびくりと肩を震わせて俯いた。  嫌な予感が、当たっているような反応だ。  まさか。そんなはず、慶太に限ってそんな。 「なあ、間違ってたら殴ってくれ。――ゆうちゃんは本当に、友人から預かったのか?」  本当なら慶太は「当たり前じゃん」と拗ねるはずだ。頼むからそうしてくれと願う俺の前で慶太は叱られた犬のようにうなだれた。 「おい――預かったんじゃないなら、何なんだ?」  情けないことに声が震える。  慶太はしばらく黙りこんでいたが、決意したように顔をあげ、まっすぐに俺を見つめながら口を開いた。 「パチンコ屋の駐車場、そこに停めてた車の中にいた」  ざあと頭から氷水でも浴びたような気分だ。 「慶太」  震えているのは声だけじゃない、俺の手も震えている。だってこれは。 「おまえ、これは、誘拐か?」 「でも! 車の中に置いていかれてたんだよ!? 今日も暑かったし、車の窓も開いてなかったしこのままじゃ死んじゃうかもしれないと思って」 「誘拐なんだよ! 何考えてるんだ、犯罪だぞ――警察に行こう。今なら迷子を保護したで通るかもしれん。車に鍵はかかってなかったんだな?」  慶太はゆっくり頷く。その眼は怯えていない。慶太はこれを本当に正しいことだと思っているのだろう。ふんわり見た目に反して、気は強いのだ。 「警察行くぞ。ゆうちゃん、ごめんな、すぐ家に帰れるからな」  ゆうは何も分かっていないから、おむつを替えてご機嫌なのか声をあげてきゃっと笑った。その体を抱き上げる俺の腕を、慶太が慌てたように掴んだ。 「待って、お風呂、入れてあげたい」 「そんなことしてる場合か? 早く警察いかないと本当に誘拐で捕まるぞ」 「でも――なんか、服も汚れてるし……」  そう言われてみれば、薄黄色だと思っていたロンパース、内側には白い場所もあった。元は白いロンパースだったのだろう。洗濯が行き届いてないのかもしれない。  ――パチンコ屋の駐車場に放置、か。  おむつかぶれも思い出す。  ゆうの親は、あまりゆうの面倒を見ていないのかもしれない。 「……風呂だけ、な」 「服も洗ってあげたい」 「替えがないぞ?」 「あとでコインランドリーで乾燥しよ? それまでは姪っこちゃん用を借りてさ。そしたらそのまま警察行くから。事情全部話せばきっと警察だって分かってくれるよ」  慶太は迷いなくゆうを俺の手から奪い取ると風呂場へ向かった。言いだすと聞かないのは出会った頃からだ。慶太がこうすると決めたことは必ずやるのだ。決心と覚悟を持って。 「遊ちゃん、手伝ってよ」 きっと警察はそれほど甘くはない。けれど慶太が決めたのなら、だったら俺はそれを支えてやるしかないじゃないか。 「今いく」

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