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第4話
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風呂上がりのゆうは、それはもうご機嫌だった。よほど気持ち良かったに違いない。その笑い顔を見ていると勝手にこちらも笑ってしまう。可愛いとは愛すべし――そう言ったのは誰だったか。
しっかりと髪も体も乾かして姪っこの服を着せ、俺達は近所のコインランドリーへと向かう。俺がゆうを抱っこして慶太は俺の後ろを静かについてきていた。と、腕の中のゆうが「あーあー」と暴れ出す。どうしたのかと思ったが、どうも抱っこに飽きたようだ。
「歩きたいのか」
靴も履いているし、少しくらい歩きたいのだろう。静かに歩道の脇でゆうを下ろして手を繋ぐ。よちよちと歩くゆうは危なっかしい。
「慶太、そっちの手、繋いで」
「え、うん」
ゆうの左右を俺と慶太で挟んで手を繋ぐ。ゆうは嬉しそうに笑っている。
そのまま静かに数歩歩いたところで慶太がぽつりと零した。
「ねえ遊ちゃん、ゆうはこの後どうなるのかな」
「ちゃんと親の元に戻ってメデタシめでたしだろ」
「……車の中に子供置いてパチンコするような親の元でも幸せなのかな。ちゃんとお風呂入れてくれるかな、おむつかぶれに薬塗ったりしてくれるかな、遊ちゃんみたいに食べ物のこと気にしたりいっぱい抱っこしてくれたりするのかな、それって本当に幸せに――」
「慶太! おまえはこの子の親を知っているのか?」
「ううん、知らない」
「憶測でものを言っても仕方がないだろ。全部たまたまだって可能性もある。子供を一人育てるのはどんな想像より大変だ」
「けど、僕はこの子に幸せになって欲しいよ」
「それを決めるのは俺達じゃない」
「僕が連れださなかったら熱中症になってたかもしれない、死んでたかもしれないんだよ? それでも僕達といるより幸せだって言える? 遊ちゃんと僕なら絶対に幸せにしてあげられるじゃん。車に置きっぱなしで遊んだりしない」
慶太は俺の顔を見ない。その声は震えていなかった。そこには不安も罪悪感もない。そのままでぽつりと続けた。
「妹がね、車に放置されて入院したことがあるんだ。ほら僕達兄妹って施設出でしょ? 施設入ったきっかけはそれで、親の人達から保護されたの。うちはパチンコじゃなくて、買い物だけどね。僕は家にほっとかれたからそこにいなかったし妹も記憶はあんま無いみたいだけどね。やっぱり、許せないんだよそういうの」
そんな話は初めて聞いた。施設にいたことは知っていたし妹も知っている。けれど、そんな事情までは聞かなかった。だから、ゆうを放っておけなかったのだろうか。慶太の意思が少しも揺るがないのもようやく納得できた。慶太は妹を助けた気分なのだろう。
それでもこれは、犯罪なのだ。慶太が大事だから許してはいけないと、思う。俺は精一杯の平静を装った。
「それでも犯罪者と暮らすよりはいいんじゃないか。このままじゃ俺達は誘拐犯だからな」
慶太がはっとしたように顔を上げ、やっと俺の顔をまっすぐと見つめた。頑固だった表情にようやく後悔と反省の色が見えて、俺もこっそりほっとする。
「そうだね――遊ちゃんまで犯罪者になっちゃう。そんなん駄目だ。ごめん、僕、考え足りなかった。――実はね、こっそりずるいことも考えたんだ。これで遊ちゃんをお父さんにしてあげられるかなーなんて。僕達の子供にしてあげたいなーって。駄目だね、本当」
俺達の間に子供は産まれない。どれだけ互いが互いを想おうとその事実は変わらない。まさかそのことを慶太がここまで深く考えていたなんて思ってもいなかった。
「……慶太、おまえ、なんでこの子の名前、ゆう、にしたんだ?」
「だって……遊ちゃんとの子供なら絶対に遊ちゃんから一文字とりたいなーって思ってたから」
俺達の間に子供は産まれない。どれだけ互いが互いを……そんなこと分かっていても、俺達は子供が好きだから夢見てしまう。俺だって、慶太との間に子供ができたら名前は慶太から一文字とりたいと考えたことがある。馬鹿みたいな話だ。けれど誰にも笑われたくはない。
「あーあー」
不意にゆうが俺の手から手を放し、手を上げた。顔が空を向いていて、その手は星を掴もうとしているようだった。
「ゆうちゃん、星が取りたいのかな」
「多分な。綺麗だもんなー、触ってみたいよな」
「でも届かないんだよ。どれだけ綺麗でも、絶対に届かない――届かないものに手を伸ばした今の僕みたいだ」
それは子供がいる俺との生活を夢みているということだろう。俺は慶太の夢を叶えてやれない。胸が痛い。鼻の奥が痛くなる。
「慶太、子供がいる生活は幸せだ。でも俺達は別の幸せを探さなきゃならん。それは嫌か?」
「嫌じゃない、でも遊ちゃんだって本当は子供が欲しいのに」
「俺は子供がいない今でも結構幸せだと思ってんだけどな。けどおまえがいないと幸せじゃない、それだけは断言できるぞ。それじゃ足りないか? まだ届かない星に手を伸ばすのか?」
もう一度俺にのばされたゆうの手を握り返して、もう片方の手で慶太の空いている手を握る。冷たい指先は緊張の汗で濡れていた。
ああ、おまえ、本当はずっと自分のしたことが間違っているって思ってたんだな。
まっすぐで、綺麗な男だから。
「俺は慶太が好きだよ。おまえはいい男だ」
「なにそれ」
ようやく慶太の笑顔が見える。それにつられるようにゆうも笑って、俺も笑った。
「コインランドリー、早くいかなきゃね」
「そうだな」
「遊ちゃん、僕も大好きだよ」
「知ってる」
何が正しくて何が間違っているかなんて分からない。ゆうにとっても何が最善なのか、それも分からない。正義も悪もどうでもいい。ただ俺達にとって何が一番幸せにつながるのか、それだけはしっかりと答えをださないといけないのだ。
コインランドリーでゆうの服を乾かして、それから俺達はまっすぐ警察に向かい、慶太はその場で逮捕された。
忘れられないほどに、星の綺麗な夜だった。
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