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第2話 不夜城の貴公子

所変わって、こちらは ―― 『7番テーブル斉藤様より、  ピンドン頂きましたーっ!』 「「「ありがとうございまぁーすっ!!」」」 1人の男がマイクを持ち、 シャンパンの注文が入った事を、 店内全体を煽るように声を響かせると、 それに続くように派手な男達は一斉に お決まりの台詞を口にし、 7番テーブルへと集まる。 ―― ホストクラブ ”シャトー・プリンス” 店内は薄暗く、流行りのお洒落な音楽と ブラックライトで演出された空間には、 きらびやかな若い女の子や、真面目そうなOL、 生活に疲れた風な主婦に年配の女性、 やり手のキャリアウーマンなど、 様々な層のお客様が愉しまれている。 今夜は一段と賑わっていた。 店内のBGMが定番のハイテンションな音楽に 変わると、7番テーブルのお客は期待と優越感で 胸を踊らせる。 ここで普通のホストクラブなら、シャンパンコール と、なるのだが、お客の希望でコールはなし。   シャンパンをグラスに少量ずつ入れた物は ホスト達が、グラスに適量入れられた物はお客が、 残ったシャンパンはボトルごと指名ホストが 各々持ち ――、『乾杯っ!!』の合図で みんな一斉に飲み干す。 ボトルごと飲んでいる指名ホストが飲み干すと、 マイクパフォーマーがマイクを握り締めた。 「それではっ! 素敵な姫よりひと言頂きたいと 思いまーす!」 音楽が一時停止された中、 マイクを向けられたお客は、嬉しに叫ぶ。 「慎ちゃんサイコーッ!! そして、23歳のお誕生日  おめでとーっ!!」 お客が言い終えると音楽は再開して、 次は指名ホストへとマイクが向けられた。 「アリガトーッ、薫子さん。貴方はサイコーに いかした女だよ」 No.1ホスト慎之介の“サイコーにいかした女”を マイクパフォーマーに拾われて、これも定番の ラブダンスが始まる。 他のテーブルについている女性客らの羨望を 一身に熱め、この時間(とき)だけはNo.1を 独占出来るのだ。 優越感に酔いしれたお客は、 続けて高額なシャンパンを入れた。 今夜は、シャトー・プリンス、NO.1ホスト・ 慎之介のバースデーイベント。 席は満席で、まだか・まだかと自分のテーブルに 慎之介が来てくれるのを待っているお客で 溢れ返っている。 その中でも、ひと際目立つのがシャンパンタワーの 存在。 これが今夜の目玉だ。 シャンパンタワーを用意したお客は、 今夜のお客の中でも一番の太客。   斉藤様とのダンスを終えた慎之介は、 数分その席に留まった後、今夜の一番の見せ場、 シャンパンタワーのお客の席へと移動し、 お客の隣にピッタリと密着するように座って、 お客の耳に手を添えると吐息混じりに囁いた。 「沙月さん、今日のドレスめっちゃ似合ってます。  思わず脱がしたくなるな……」 沙月と呼ばれたお客は、 慎之介の甘い言葉に胸をときめかせ、 頬を赤らめる。 「じゃ、今夜のアフターは私で決まり?」 身に着けている洋服や装飾品からみて、 社会へ出ればそれなりの地位と仕事がある キャリアウーマンなのだろうが、 慎之介の傍では全てのしがらみを脱ぎ捨てた ただの小母さんだ。 「ふふふ……さぁて、それはどうしよっかな~」 慎之介(しんのすけ)は本日、 2月5日で23才となった。 身長183㎝ちょい、体重88㎏、 鍛え抜かれた肉体に程好く付いた筋肉、 セットされた黒髪の毛は、 肩に付かないくらいの長さ。 程よく健康的に焼けた小麦色の肌で 綺麗な長い睫毛の二重な目。 鼻筋はスーっと綺麗に通っていて 少し厚めのぷるんとした唇。 完璧なルックスと完璧なゲストサービス。 それが今、新宿歌舞伎町界隈で一番の集客率を 誇るホストクラブ”シャトー・プリンス”の No.1ホスト 慎之介だ。 自分の事を指名してくれるゲストに性の悦びと 快楽に溺れさせるのも、慎之介にとっては単なる 営業の一環だった。   積み上げられたシャンパンタワーの頂上から 1本10万円以上のシャンパンが次々と 注がれていく。 常識離れした高額な金額はたった一夜で 消費される。   そして慎之介は、この日、断トツで一番の売上を 誇ったシャンパンタワーのお客とアフターへ行く 約束をした。   いつもの倍以上お酒を飲んで酔っ払っい、 足元だっておぼつかないような状態だが、 そんな事は関係ない。 慎之介なりのこうした“アフターケア”が、 指名客を増やし、ひいては新たな太客の開拓へも 繋がる事なのだから。 きらびやかな世界で、大金を動かす歌舞伎町の男。 容姿もホストとしての素質も、 男としてのステータスも、 この世界では誰もが憧れる程の、 実力の持ち主なのだ。

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