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清潔な牢獄
泥のような眠りから目覚めた犬塚は、ぼんやりと天井を見つめていた。
───ここは? 俺は……いったい……ッ!!
ハッとして飛び起きようとしたが、体の痛みに呻き声を上げて突っ伏した。
「ううっ……!」
犬塚は一糸纏わぬ姿だったが、ただひとつだけ装飾品を身につけている。全裸に首輪だけをはめられていた。
今、犬塚がいるのはベッドの上だ。
少しずつ頭がはっきりしてきた。
今度はゆっくりと体を起こし、部屋の中を見回した。
最後の依頼を受けに行った日に竜蛇に捕らわれ、犯された場所とは違う部屋だった。
意識を失っている間に運ばれたようだ。
部屋の中に竜蛇は居ない。他人の気配は無く、犬塚一人だけだ。
空調は効いており、裸でも寒くも暑くもなかった。
白い壁。キングサイズのベッド。肌触りの良い濃紺のシーツからは、なにやら甘い香りがした。
何の飾りっ気も無い広い部屋だった。窓も無い。家具はベッドの他にはソファとローテーブルだけだったが、一目で上等なものだと分かる。
鞭打たれた傷は手当てをされたようだが、疼くように鈍い痛みと熱を持っていた。
それに犯された体はギシギシと軋む。
後ろに男を受け入れたのは久しぶりだった。幼い頃、犬塚を囲っていた、あのペドフェリアの金持ち以来だ。
───ブランカが殺した。あの変態男。
犬塚の黒曜石の瞳に殺意が宿る。
───竜蛇も殺してやる。
そのためにもここから逃げなければ。
犬塚はそろりとベッドから足を下ろした。
白い壁に同化するように白い扉があった。犬塚は警戒しながら、そろそろとドアに近付いた。
3m程の距離に近付いたとき……
───バチィッッ!!
「……いっ!?……ぁあッ!!」
はめられた首輪から電流が流れたかのような強い衝撃が走った。
あまりの衝撃に犬塚はもんどりうって倒れ、しばらく息ができなくなった。
「ハ……ハ……ハァッ、ハァッ……」
どうにか呼吸を整え首輪に触って確認した。特殊な素材のようだ。
犬塚は警戒してドアから離れ、続き部屋のバスルームへと入って鏡を見た。
犬塚にはめられた首輪は、ブラックオニキスのような独特の光沢を放ち、洗練されたシンプルで美しいデザインのものだった。
どこに触れても完璧に溶接されたように継ぎ目がない。
バスルームにも首輪を壊せる道具になりそうな物も、武器になるような物も何ひとつ無かった。
「……ちくしょう!」
完全な密室に閉じ込められている。竜蛇が戻るのを待つしかなさそうだ。
───早く来い……殺してやる!
犬塚の心は怒りと苛立ち、殺意に満たされていたが……竜蛇は一向に表れなかった。
最初に拷問し、レイプしたというのに、意外にもこの部屋では犬塚が快適に過ごせるよう配慮されているようだった。
ドアから4m程離れた壁から、日に3回バランスの良い食事が出された。
時間がくれば上にスライドして、白い壁に20cm程の小窓が開き、すぐ下に取り付けられた台の上にトレーが置かれる。
そこからの脱出も、もちろん不可能だった。
バスルームは広く、シャワーを浴びた後は自動洗浄されて、いつでも清潔だった。
使用済みのタオルは壁に取り付けられたダストボックスに入れることができた。これも幅が20cm程しかなく、人間が抜け出すなど不可能だった。
正確な時間は分からないが、夜になれば部屋の灯りは落ちて暗いオレンジ色の間接照明に切り替わった。
朝になれば、白い部屋全体が明るくなる。
外にいた時よりもずっと規則正しく、健康的な生活とも言えた。
だが誰とも会わず、話さず、淡々とした機械のようなこの生活は犬塚の神経をすり減らしていった。
───もう6日になる。
部屋中を調べ、思いつく手を試してみたが全て徒労に終わった。
今はただ黙々と食事をし、シャワーを浴び、眠って起きる。それだけだった。
この白く清潔な牢獄での秩序的で無機質な生活に犬塚は気が狂いそうだった。自分をどうするつもらはなのか、相手の目的もわからない。
叫び出したい欲求をどうにか圧し殺していた。
───必ず竜蛇は現れるはずだ。
ただ静かに、その日を待ち続けていた。
窓の無い白い部屋に閉じ込められて10日が経った。
相変わらず規則正しいリズムで食事、消灯、点灯が繰り返される。身体が鈍ってしまわぬように、日中は筋トレをして過ごした。
あまりにも長期間、竜蛇に放置され続けているので、犬塚の心は不安に苛まれた。
最後に会った時、竜蛇は犬塚に対する執着を隠しもせず貪欲に抱いた。
あの男は初めて会ったときから、蛇の眼で舐めるように犬塚を見ていた。
犬塚はその視線に嫌悪しながらも、逃げる事はしなかった。竜蛇から眼を反らすことは敗北だと思ったからだ。
竜蛇は犬塚に「愛しい」「可愛い」と囁き続けた。拘束し、鞭打ち、犯しながら。
……それなのに。まるで興味を失ったかのように、竜蛇は一度もこの部屋を訪れていない。
竜蛇が何を考えているのか、自分をどうするつもりなのか全く分からない。
気付けば犬塚は竜蛇のことばかりを考えていた。
───11日め。
ようやくドアが開いた。
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