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違和感
───週末の夜。竜蛇はいつものバーで志狼と会う約束をしていた。
毎度のことだが、今夜も志狼は遅れてくる。竜蛇は先に一杯やりながら志狼を待っていた。
竜蛇は級友のことを思い、感慨深い気持ちになった。
そもそも竜蛇がブランカを調べ始めたのは志狼のためだった。
三ヶ月前のことだ。
下っ端の馬鹿な若者が、移民のストリートキッズから勝手に銃を仕入れてきた。
こっそり小遣い稼ぎでもするつもりだったのだろう。
銃に関しては、少々値が張ろうが信頼できる筋から手に入れるようにしている。
蛇堂組は力を持っていて、勢力は右肩上がりだ。
警察内部に犬はいるが、竜蛇と敵対するマフィアやヤクザの味方をする刑事も多い。
過去、どんな犯罪に使われたかも分からない銃など持っていては、足元をすくわれかねないからだ。
竜蛇はどんな下っ端だろうと自らの手で制裁した。
散々殴りつけられ、ガレージのコンクリの上で蹲る若者を竜蛇は蹴り上げた。
銃は全部で15丁だった。古くて手入れもされておらず、使い物にならないような銃も紛れていた。
いくら下っ端とはいえ、自分の組の者がこんな粗悪品をつかまされるとは情けない。
上手く処分しなくてはいけない。
「組長。ちょっと……」
若頭の須藤が竜蛇に一丁の銃を竜蛇に渡して言った。
「刑事殺しに使われた銃でした」
竜蛇は片眉を上げた。証拠品の横流しも珍しくはない。
刑事殺しとなると厄介だが、この馬鹿が銃を売りさばくなり、使うなりする前に発覚してよかった。特に問題はないと思った。
殺された刑事の名前を聞くまでは……
その銃で殺された刑事の名前は前園雄介。
志狼の父親だった。
竜蛇は銃を手にし、奇妙な違和感を感じていた。
言い方はおかしいかもしれないが……古いが『ふつうの銃』だ。
志狼の父親は、移民のストリートキッズと雑種のチーマー達の抗争の仲裁に入り、流れ弾に当たって死んだと聞いている。
前園雄介を撃ったストリートキッズもこの抗争の中で死んでいる。
だが、当時のトーキョーで、ストリートキッズ達が手に入れることができたのは、アジア製のもっと粗悪な銃だったはずだ。
しょっちゅう暴発し、自らの指を失った馬鹿な若者がたくさんいたと祖父から聞いていた。
だが、これはマトモな銃だ。
手入れさえしておけば、撃てば標的に当たる。安物ではあるが、当時の子供が手にできる銃ではない。
「須藤」
「はい」
「前園雄介が殺されたときの状況を調べてくれる?」
「分かりました」
竜蛇は下っ端の若者に向き直った。
「さて、この銃を売った奴の事を話してもらおうか」
下っ端は怯えた目で竜蛇を見上げて、全て吐いた。
その情報から調べた先、行き着いたのがブランカだった。
30年前に前園雄介を殺害したのは、十中八九、若き日のブランカだろう。
当時は殺し屋として今ほど成熟していなかった為、竜蛇の調べでブランカに辿りつくことができたのだ。
だが、竜蛇が知りたいのは、誰がブランカに依頼をしたのかだ。
誰が何の為に前園雄介を殺させた?
ブランカとの接触も絶たれて、少し行き詰まっていた。
全てがはっきりするまで、この件は志狼に話すつもりはなかった。
───縁とは不思議だな。
志狼と友人でなければ、昔の刑事殺しなど調べることはなかった。
下っ端が手に入れたのが件の銃でなければ……情報がブランカに行き着かなければ……
竜蛇は犬塚と出会うことはなかった。
外見も好みだが、その気質や傷つきやすい精神も、必死で耐える様子も、全て好ましく思う。
暴力でねじ伏せることも、快楽で従わせることも簡単だが、竜蛇は犬塚を遊び相手ではなくパートナーとして育てようと考えている。
あんなにもガチガチにトラウマに支配され、ブランカを宗教じみた崇拝の目でみているくせに、自分は自由だと思い込んでいる可愛い犬から、偽りの精神的自由を奪うつもりはなかった。
そのアンバランスさゆえに、犬塚は美しいのだ。
竜蛇は犬塚の事を考えながら、琥珀色の液体を飲み干した。
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