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虜囚

犬塚がバスルームから出た時、竜蛇はまだ部屋にいた。 「!?」 てっきり竜蛇は出て行ったものだと思っていたので、犬塚はビクリと体を硬直させた。 「随分、長風呂だったね」 竜蛇はベッドヘッドに枕を重ねて、靴を履いたまま寝転び、長い足を軽く組んでいた。 「おいで。蝋燭の痕に薬を塗っておいた方がいい」 犬塚は動かない。 竜蛇がちらりと犬塚の方を見て、眉を顰めた。 犬塚の両腕の引っ掻き傷を見たのだ。 「今夜はプレイは終わった。ここへおいで。犬塚」 「……嫌だ。出て行け」 竜蛇は軽くため息をつき、ベッドを下りて犬塚の方へ歩いた。 「来るな!!」 叫んだ犬塚が竜蛇に殴りかかったが、簡単に腕を取られ、後ろ手に捻りあげられる。 「いっ……!」 「犬塚。言っただろう。今夜はもうしない。いい子だから、傷の手当てをさせろ」 竜蛇は犬塚をベッドへと引きずり、小さく震える痩身をどさりと放った。 濡れた黒髪を頬に張り付かせ、唇を震わせながら自分を睨む犬塚に、竜蛇はそそられていたが、ぐっと耐えた。 「犬塚。俺はお前に嘘は言わない。手当てをしたら、部屋を出て行く」 「……」 まだ警戒をしながらも、犬塚は諦めたように体の力を少し抜いた。 竜蛇に抱き起こされ、ベッドに座らされた。 竜蛇はサイドテーブルに置かれていた白いケースを開けて、中からチューブを出した。 犬塚の腕の引っ掻き傷を確かめるように見て眉根を寄せる。 「体に傷を付けるな」 犬塚は竜蛇を睨みつけて言い返した。 「お前がそれを言うのか? 散々拷問まがいの事をしているくせに」 竜蛇が犬塚の傷口に指を食い込ませるように、腕を掴む力を強めた。 「犬塚。俺が本気で拷問をしたら、こんなものでは済まないぞ……」 「……ッ!」 ゾッとする程に冷たい琥珀の瞳に囚われ、犬塚はヒュッと息を呑んだ。 「いつだって俺はお前を可愛いと思うし、愛しく思っている。傷痕が残るような不粋な真似はしていない」 力強く掴んだ手で、ぐっと犬塚を引き寄せ、吐息が触れる程の距離で囁く。 「お前は俺のものだ。勝手にこの体に傷を作る事は許さない」 「……そんな……ぅんっ!!」 そう宣言して、竜蛇は犬塚の唇を奪った。 「……んんっ……ふ、むぅ……あ!」 当然のように竜蛇は舌を絡め、犬塚の呼吸を奪う。 犬塚は逃げようと抵抗したが、竜蛇は強く抱き寄せ、逃げることを許さなかった。 「……ん……ん!……ぅ、んぅ」 ぴったりと唇を密着させ、犬塚の舌の根が痺れる程に強く吸う。 唾液の交わり合う卑猥な音が白い牢獄に響いた。 「……は、ぁあ……はぁ、はぁ」 ようやく解放された時には息が上がり、犬塚の黒い瞳は潤み切っていた。 「お前の黒い瞳は潤むと美しいな」 竜蛇は犬塚の唇をひと舐めして離れた。 「さあ。薬を塗ってあげよう」 「……」 竜蛇は宣言した通り、それ以上は不埒な事はしてこなかった。 犬塚はぼんやりと、引っ掻き傷に薬を塗る竜蛇の少し俯いた顔を見ていた。 ───お前に嘘は言わない。 竜蛇はそう言った。 おそらく本音だろう。 この男は、自分を捕らえた時に何と言った? ───お前を、俺のオンナにする。 竜蛇は犬塚に嘘は言わない。 それに、宣言した通りにするだろう。 本当にこのまま……竜蛇のオンナにされてしまう。 この男なら、きっとそうする。 犬塚はゾクリと、背を震わせた。 おぞましくも甘美な感覚だった。 それに気付いた竜蛇が顔を上げて、犬塚をじっと見つめた。 そして竜蛇は顔を寄せて、犬塚のほほにキスを落とす。そのまま唇を耳元に滑らせた。 「下は自分で塗っておけ」 犬塚の手に軟膏のチューブを握らせて立ち上がった。 犬塚は竜蛇を見上げた。 「おやすみ。犬塚」 竜蛇は振り返ることなく部屋を出て行った。 犬塚はいつまでも、閉ざされたドアを見つめ続けた。

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