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はじめての殺し

竜蛇が犬塚と距離を置いている間、白い牢獄にいる犬塚はベッドに寝転がり、ぼんやりと過ごしていた。 日課だったはずのトレーニングもする気にはなれなかった。 静かな白い牢獄で、昔を思い出していた。 14歳の冬だった。 ブランカに拾われ、一緒に暮らすようになってから二年。犬塚は日々ブランカから殺しのノウハウを学んでいた。 ブランカは口数も少なく、北欧の乾いた空気のような男だった。 とても淡々とした毎日だった。 ブランカはそのうち、他にも孤児を拾ってきて、殺しの技術を仕込み始めた。 後から来た子供達に名を聞かれる度に犬塚は困った。 自分の名前を、忘れてしまっていたから……。 ペドフェリアの金持ち男は、『ジャップの子供』『黄色い仔犬』『オモチャの日本人』と呼んでいた。 ペドフェリア達が集まって、各々の所有する子供をトレードして楽しむ集まりのときも『黄色いやつを連れてこい』と呼ばれていた。 自分の名前も、日本語も、犬塚は忘れてしまっていた。 ブランカは犬塚に日本語を教えてくれた。 いずれ必要になると、日本語・中国語・イギリス英語を教わった。 犬塚が名前を忘れている事を知ったブランカは『おい』とか『お前』『日本人』と、犬塚の事を呼んでいた。 犬塚にはずっと、名前が無かった。 その事は他の子供達から見下される要因となり、ひどい虐めも受けた。 それを知りながら、ブランカは放置していた。 人里離れた森の近くの一軒家で、ブランカは子供達と生活していた。 その頃、四人の子供達は格闘術や銃の扱いなど、ブランカから学びながら同じ部屋で共同生活をしていた。 とても寒い夜だった。 夜更けに不穏な気配を感じて、犬塚は跳ね起きたが、すぐに体を押さえつけられた。 一番年上で体の大きなリーダー格の白人の少年だった。 『おい、日本人。大人しくしてろよ』 大きな手で口を塞がれる。 『知ってるぜ。お前みたいな奴は、売春して生活してたんだろ? 名前が無いとか、奴隷と同じじゃないか』 『ん、ううっ!!』 犬塚の下肢に押し付けられた少年のペニスは、ズボン越しでも硬くなっているのが分かった。 『お前ら、静かにしてろよ。具合がよけりゃ、後でヤラせてやるよ』 他の少年達は止めもせず、二人を黙って見ていた。 犬塚はパニックになった。今からこの白人の少年に犯されるのか!? その後は、こいつら全員に……? ───嫌だ!嫌だ嫌だッッ!! 頭が真っ白になり、気付いた時には白人の少年が顔を血まみれにして蹲って呻いていた。 他の子供達は顔を青くして見ていた。 めちゃくちゃに殴られ、少年の顔の骨は折れて、前歯は全て床に散乱して血が飛び散っていた。 手に痛みを感じて見てみると、折れた少年の歯が刺さっていた。 犬塚の指の骨も折れていたが、気付かなかった。 騒ぎを聞きつけて、ブランカが静かに部屋に入ってきた。 部屋の惨状を見て、無言のまま銃を取り出す。 子供達は凍り付いた。 蹲る白人少年の横を通り過ぎ、犬塚に銃を渡した。 『始末しろ』 ヒッと、他の少年が息を呑んだ。 『こいつはもう使い物にならない』 犬塚は言われるまま、白人少年に銃を向けた。 『ヒ! や……ぇて……ぉろさ……なひで……ッッ!!』 血まみれの口で、少年が必死に命乞いをした。 銃を持った犬塚の手がカタカタと震えた。 『撃てないなら、お前も必要無い』 犬塚の肩がビクリと揺れた。 ───ブランカに捨てられてしまう。 犬塚の手の震えがピタリと止まった。 ───バスッ! バスッ! バスッ! 三発全て少年に当たった。そのうち頭に命中した一発が命を奪った。 ブランカの手が犬塚の肩に乗せられた。 『よくやった』 犬塚はそっと銃を下ろした。 『死体の始末の仕方は覚えているな?』 『はい』 『その銃はお前にやろう』 それだけ言って、ブランカは部屋を出て行った。 それ以来、他の子供達は二度と犬塚を虐める事は無くなった。 その夜、白人少年の死体は子供達だけで『始末』した。 16歳の時。 ブランカから独立する日が来た。 金と銃やナイフなど、必要最低限の一式を持たされた。 『お前は今日から犬塚とでも名乗るといい』 『犬塚……』 その日から、名前の無い日本人の少年は『犬塚』という名の殺し屋になった。 『今までありがとうございました。このご恩は一生忘れません』 深く頭を下げた犬塚を、ブランカは奇妙なもののように見ていた。 犬塚は初めて殺した白人の少年の事を思い出した。 ───ブランカは助けはしない。 自分の手で始末をつけなくてはいけない。 あの夜、ブランカから貰った銃は今でも大切に持っていた。 あの銃が今、死ぬ程この手に欲しい。 だが銃どころか、犬塚は丸裸で武器ひとつ無いのだ。 ───考えろ。考えなくては……。 犬塚は自分が竜蛇に、わずかにだが惹かれ始めているのを自覚していた。 ───あの男は危険だ。 竜蛇のオンナになど、されるわけにはいかないのだ。絶対に。 自分の手で始末をつけなくては。

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