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目覚め

昨夜の犬塚は、最後まで犬塚のままだった。 潤んだ黒い瞳で竜蛇を見上げて、竜蛇の名を叫んで絶頂に達した。 あまりに感じすぎて、戸惑う様子も可愛かった。 犬塚と出会ってから、執着心も愛しさも増すばかりだ。 「……愛しているよ。犬塚」 囁きながら、首筋に柔らかなキスを落とす。 そろそろ起きねばならない。 だが、犬塚を眠らせたまま、部屋を出たくはなかった。 竜蛇は犬塚の体に手を這わせて、いたずらに弄りはじめた。 「犬塚……犬塚……起きろ」 首筋やうなじ、耳に口付けるが、よほど深く眠っているのか、犬塚は目覚めない。 竜蛇は苦笑する。あれ程警戒していた筈の男の腕の中で油断しすぎだ。 殺し屋として、如何なものか。だが、そんな犬塚も可愛かった。 背後から顎を取り、犬塚の唇にキスをする。 寝息を漏らす唇に舌を差し入れた。 「……ふ、ぅ……ん」 犬塚の閉じた瞼がピクピクと動く。 「……ん……ぅん?」 ゆっくりと瞼が上がった。パチパチと瞬きをして、黒い瞳がようやく竜蛇を認識した。 「ん!?……な、んんっ!」 竜蛇は深く唇を合わせ、本気で舌を絡めはじめた。 「……ん! ん!……うむぅ…んんぅ、はぁ」 クチュリと唾液の絡む生々しい音が響いた。 「……は、あぁ……や、んぅ!」 寝起きでろくに力が入らない犬塚の体の上に乗り上げ、組み敷く。 肩と頭を抱いて、ぴったりと肌を合わせて濃厚なキスを続けた。 ゴクリ、と犬塚の喉が嚥下する。 たっぷりと犬塚に唾液を飲ませて満足し、竜蛇は唇を解いた。 「……は、はぁ……はぁっ……」 呼吸を乱している犬塚に、啄ばむようなキスを降らせる。 「なにを……」 「おはよう。犬塚」 竜蛇が極上の微笑を浮かべた。 犬塚は眉根を寄せて、竜蛇の体の下から這い出ようともがいたが、竜蛇は逃さないよう力強く抱き寄せた。 「離せ!」 竜蛇は犬塚を抱いたまま、体を反転させた。 竜蛇の裸体の上に犬塚が乗り上げた形になる。 「これならいいだろう? お前が上だ」 「なっ! ふざけるなっ」 犬塚は逃げようともがいたが、竜蛇の腕はぴくりとも外せない。 がっしりと竜蛇の逞しい腕に捕らえられ、犬塚は動けない。 二人は重なるように、裸体で抱き合っていた。 いたたまれなくなって、犬塚は竜蛇の胸に顔を埋めた。 「可愛い事をするな。また抱きたくなる」 「うるさい! さっさと離せ!」 竜蛇は笑いながら、犬塚を抱く腕に力を込めた。戯れるようにキスをしていたが、部屋を出なくてはいけない。 「そろそろ行くよ」 竜蛇の言葉に犬塚がピクリと体を揺らした。 「今夜は友人と会ってくる。遅くなるが、戻ってくるよ」 竜蛇の言葉に犬塚の体が強張る。竜蛇は苦笑して、話を続けた。 「志狼といって、腐れ縁の友人で刑事だ。190超えのゴツい男だよ」 「……」 「本気で抱きたいと思うのはお前だけだ」 「……うるさい」 「愛しているよ。犬塚。お前だけだ」 「うるさい! うるさ……んんッ!」 吠え出した犬塚を黙らせるように、竜蛇は口付けた。 「ん……ん……」 「可愛い……犬塚」 「んぅ……や、あぁ……ふ、ぅん」 犬塚は竜蛇のキスに弱い。 やがて、酔うように体の力を失い、竜蛇の胸に身を任せた。 「諦めろ。お前は難儀な男に惚れられたんだ」 竜蛇は犬塚の黒髪にキスを落とした。 「……ち、くしょ……」 「口が悪いね。犬塚」 竜蛇はしばらく犬塚の黒髪を梳いたり、軽いキスを降らせていたが、やがて犬塚から離れベッドを出た。 犬塚はベッドに座り、竜蛇の背の見事な入れ墨と、己が付けた爪痕を見つめた。 竜蛇はスーツを着て、軽く髪を整える。 いつもの一分の隙も無い様子に戻った。 唇に微笑を浮かべて、最後にもう一度、犬塚にキスをした。 竜蛇の唇が離れようとするのを、無意識に犬塚の唇が追った。 たまらず竜蛇の唇がまた犬塚に吸い付く。口付けは長く、深くなってしまう。 「……犬塚。また夜に戻る」 竜蛇はどうにか自制心を働かせて、唇を解いた。 「もう少し休んでいろ。体が辛いだろう」 竜蛇が犬塚から離れる。 「愛しているよ。犬塚」 最後にもう一度、犬塚に愛を告げて、竜蛇は部屋を出て行った。 犬塚はいつまでも、竜蛇の出て行った白いドアを見つめ続けた。

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