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戸惑い
その夜、犬塚はベッドの上でまんじりともせず寝返りばかり打っていた。
昨夜の激しい攻防とセックスで、体のあちこちが痛く、微熱を持っていた。
ひどく疲労しているが、眠れない。
───自分は一体どうしてしまったのだろう。
あんなにも憎く、恐れていたはずの男と激しいセックスをした。
以前のように意識が飛び、記憶が抜け落ちることもなく、しっかりと覚えている。
あんなにも、嫌悪していた行為なのに。
『愛しい』
『可愛い』
『お前でなければ駄目だ』
『愛している』
『お前は俺のものだ、犬塚』
『……犬塚』
甘い声音で何度も囁かれた。
きつく抱き締められ、目覚めるまで竜蛇の腕の中にいた。
誰かと共に眠ったことなどなかった。
ペドフェリアの男に、締まりの良さを褒められることはあっても、甘く囁かれたことなどない。
ブランカの元にいた時も、他の子供らを常に警戒をして、いつも眠りは浅かった。
今朝は深く眠っていて、竜蛇のキスで起こされたのだ。
犬塚はまた寝返りを打った。
───こわい。
自分がどうなってしまうのか、分からない。
一日中、竜蛇を待っている。
だが、竜蛇に会いたくない。
どうしていいか、分からない。
けれど……ただひとつ、分かっている事がある。
自分にはもう、竜蛇は殺せないだろう。
深夜1時を過ぎた頃、静かにドアが開いた。
竜蛇だ。
犬塚はどうしてよいか分からず、シーツの中で眠ったふりをした。
「犬塚」
キシリと小さくベッドを軋ませ、竜蛇が座った。
犬塚は竜蛇に背を向けて、シーツに包まっている。
竜蛇の骨ばった長い指が犬塚の黒髪を梳いた。
「眠っているのか?」
犬塚は眠ったふりを続けた。竜蛇が顔を近付け、犬塚のこめかみにキスを落とした。
そのまま唇を滑らせ、耳元で囁いた。
「愛しているよ。犬塚」
竜蛇の唇は耳裏、うなじ、首筋へと羽毛のように軽いキスを降らせて、そっと離れた。
犬塚は背を走るゾクゾクとした感覚に必死で耐えた。
竜蛇がベッドから降りて、部屋を出ていこうとしている。
出て行って欲しい。
出て行って欲しくはない。
己の相反する感情に犬塚は戸惑う。
ドアが開き、閉じる音が響いた瞬間、犬塚は跳ね起きた。
「素直すぎるよ。犬塚」
「……!」
竜蛇は出て行っておらず、ドアの横に立ち、いつもの笑みを浮かべていた。
犬塚の眠ったふりなど、お見通しだったのだ。
悔しげな顔で犬塚は竜蛇を睨む。竜蛇は涼しげな顔で、ゆっくりとベッドに近付いた。
ベッドに膝を付き、犬塚の黒い瞳を見つめ、そっと顔を寄せて、囁くように聞いた。
「出て行った方が良かったのか?」
犬塚は悔しげな表情のまま答えない。
竜蛇はゆっくりと唇を寄せて、その唇に接吻をする。
お互いに目は閉じなかった。
睨み合うように、見つめ合うようにして、竜蛇の舌が蛇のように犬塚の熱い口内に滑りこんだ。
「……ん」
互いの舌をヌルリと絡ませる。
「……ふ、ぅん……ん……」
徐々に激しくなる口付けに、たまらず犬塚が目を閉じた瞬間に、竜蛇の腕が伸びて抱き込まれ、押し倒された。
「んんっ!……むぅ、あ……はぁ」
竜蛇は犬塚の裸身に覆い被さるようにして、唇を激しく貪った。
白い牢獄に濡れた音と、荒くなっていく息遣いが響いた。
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