41 / 151
迷い犬1
そもそも首輪をどうにかしなくては、逃げようがない。きっと発信機も内蔵されているだろう。
犬塚は立ち止まって首輪に触れた。継ぎ目の無い滑らかな感触に……竜蛇を思い出す。
自分が逃げ出したと知れば、あの男はどうするだろう。
すぐに追いかけてくるだろうか……。
きっと、いや必ず竜蛇は自分を追って来る。どこまでも……
そう考えるとゾクリとした。犬塚は急いで歩き出した。俯いて歩いていたので、前を見ていなかった。
───キキッ!
急ブレーキの音でハッとして顔を上げた。目の前に車が停まっている。
小雨が降り空は淀んでいる上に停電で周囲は暗いため、目の前の車に気付かなかった。
「だ、大丈夫ですか?」
人の良さそうな顔に焦りを浮かべて、車から若い男が降りてきた。
「……あんた一人か?」
「え? あ、はい」
犬塚は銃を青年の腹に当てて言った。
「車に戻れ」
「!?」
顔を青くした青年を運転席に戻し、犬塚は後部座席に身を隠すようにして乗り込んだ。
「出せ。おかしな真似をすれば殺す。これはオモチャじゃない」
「……ひっ!?」
青年は怯えた表情で車を出した。
「ど……どこへ?」
───どこへ?
何処へも行ける場所などない。とにかく、此処から離れなければ。
「お前。一人暮らしか?」
「は、はい」
「お前の家へ。大人しくしていれば危害は加えない」
「……」
犬塚はとりあえず青年の家へと車を走らせた。
車で移動している間に電気が復旧したようで、外灯やビルに明かりが戻っていた。
犬塚は青年の腰に銃を押し付けたまま、青年の住むマンションへと入った。
部屋へ入り、青年の背を突き飛ばす。
「フェイスタオルを三枚持って来い」
そう命じて、青年の背に銃を向けたままバスルームへ向かった。2LDKの部屋に一人で住んでいるらしい。
「跪いて、手を後ろへ」
フェイスタオルで青年の両手を後ろ手に縛り、猿轡を噛ませて、両足も一纏めに縛ってリビングに転がせた。
「大人しくしていれば、すぐに解放してやる。じっとしていろ」
銃口を青年の額にゴリっと押し付けて、低い声で告げた。蒼白な顔で必死に頷くのを確認してから、バスルームへ入った。
スーツを脱ぎ、雨で濡れた体を手早くタオルで拭いた。裸のままリビングに戻る。
この青年の背丈や体型は自分と変わらない。リビングを通り、もう一つの部屋へ入ってクローゼットを開けた。
デニムとTシャツを着て、リビングに戻った。青年を床に転がせたまま、銃を手にソファに座る。青年は静かに横たわっていた。
「……」
犬塚はこれからどうすべきか考えようとしたが……何も思い浮かばなかった。
両膝を立て抱きよせるようにして、犬塚は出来るだけ自分の体が小さくなるように、両足を引き寄せた。
竜蛇は自分を手放さない。どこへ逃げようともムダだ。首輪があろうと無かろうと、あの男は自分を追って、追い詰めるだろう。
───逃げたところで、無意味か……。
そんな考えに行き着き、犬塚の体から力が抜けた。
張り詰めていた意識の糸が、プツンと途切れてしまったのだ。
ともだちにシェアしよう!