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奇妙な関係1
「お腹、空いてない?」
どうやら新見は食事を作っていたらしい。
「雨で冷えただろうし。温かいスープだけでも飲むといいよ」
ローテーブルの上にスープが置かれた。
「……」
犬塚はどうしたものか躊躇い、動かずにいた。
湯気の立つスープを見ていると、竜蛇に針で責められた後に熱を出し、しばらくスープばかり飲んでいたことを思い出した。
───なぜ、あんな奴のことを思い出す!?
竜蛇のことなど考えたくはないのに。
犬塚は苛立ちをごまかすように、新見を睨んで命じた。
「……最初はお前が飲め」
新見は少し困ったように笑って、スープを飲んだ。
「おかしなものなんて入ってないよ。信じてほしい」
犬塚は警戒しつつも、差し出された温かいスープに口を付けた。雨で冷えていた体がほっと温まる。
スープを飲みほした犬塚に新見は微笑んだ。
「よかったらシャワーも浴びるといいよ。その間、僕の事は縛っていてくれて構わない」
新見は犬塚に背を向けて、両腕を差し出した。
「……お人よしだな」
そんな新見の行動に、犬塚は呆れたように言った。犬塚がその気になれば、簡単に殺せるのだ。
「俺が殺人鬼だったらどうするんだ?」
「君は殺人鬼には見えないよ。それに……もう、あんな後悔なんてしたくないんだ」
「……」
自殺未遂をしたという友人のことだろう。新見は犬塚と友人を重ねて見ている。
───馬鹿なやつだ。だが、利用できるかもしれない。
犬塚は新見の腕だけタオルで縛り、シャワーを浴びることにした。
熱いシャワーを浴びて、部屋に戻ると新見は静かに待っていた。
犬塚は黙って腕の拘束を解いた。
「ありがとう」
「何がだ」
「信じてくれて」
新見は薄茶色の瞳で犬塚を見た。
その色を見て、犬塚は思う。
───竜蛇の瞳はもっと薄い。金色に近い茶色だ。
何を……俺は何を考えているんだ。
さっきから竜蛇のことばかり考えている。その竜蛇から逃げてきたというのに。
犬塚は新見から視線を離し、冷たい声で返した。
「お前を信じたわけじゃない」
「それでも、ありがとう」
「……おかしな奴だ」
時間は深夜になろうとしていた。
───おかしい。なぜ追手が来ない? まさか、停電の影響で首輪が壊れたのか?
犬塚は無意識に首輪に触れた。
この首輪に触れる度に竜蛇の声を思い出す。
「愛している」「お前は俺のものだ」と、日毎夜毎に甘く囁かれたことを。
「ねえ、それ……」
「うるさい」
新見が何か言いかけたが、黙らせた。首輪の事に触れて欲しくはなかった。
「……少し、眠ったら?」
「俺は眠らない。お前は寝ろ」
新見は何か言いたげだったが、これ以上何か言っても逆効果だと感じて、寝室に入っていった。
「何かあったら声をかけて」
「寝ろ」
犬塚はそれだけ言って、新見の方を見向きもしなくなった。
再び銃を手に持ち、ソファで両膝を抱えて座る。
そして、ただ静かに……
───竜蛇を、待っていた。
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