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奇妙な関係2
結局、犬塚は一睡もせず夜明けを迎えた。
竜蛇は来なかった。
新見が起きて、朝食の準備をしている。
こんな風に朝日を感じながら食事をすることなど久しぶりだった。一か月以上もあの監禁部屋にいたのだ。
逃げることができて、もっと嬉しいかと思った。だが、犬塚の心を占めているのは漠然とした不安だった。
「誰かを待ってるの?」
「……違う」
食事をしながら、新見が聞いてきた。
「ずっと昨夜も待ってたんでしょう? 誰か、迎えに来てくれる人がいるのなら、僕が連絡を……」
「うるさい! あんな奴を待ってなんかいない!」
犬塚に怒鳴りつけられて、新見は黙った。
「……悪い」
バツが悪そうな犬塚に、新見は微笑んだ。
「いいよ。少しは僕に気を許してくれたのかな」
「……お前。本当に変な奴だな」
「よく言われるよ」
だが、いつまでもこの状態でいる訳にはいかない。
「今夜には出ていく」
「えっ!? そんな、無理に出ていく必要ないよ。僕なら大丈夫だ」
新見が焦ったように言った。
「お前、仕事はしてないのか? 周りに怪しまれるだろ」
「ああ。在宅の仕事なんだよ。だから大丈夫」
新見は件の友人の事件以来、人間不信気味になっていた。幸い必要なスキルは持っていて、そこそこ稼げたので自宅で仕事をしているのだ。
「もう少し、ここにいて」
新見は縋るように犬塚を見た。
「……」
犬塚もどこにも行くあてがなかったし、ブランカもいない。ここにいても、外に出ても同じだ。どこにも居場所なんか無いのだから。
「……分かった」
犬塚の返事に新見は嬉しそうに笑った。
犬塚と新見の奇妙な関係は、三日目の夜を迎えた。
新見は失った友人の身代わりのように、甲斐甲斐しく犬塚の世話をしていた。犬塚も新見に対して警戒を解いていった。
「犬塚君、今夜はシチューにするね」
「君はよせ。気持ち悪い」
犬塚の不快そうな顔を見て、新見は笑った。
犬塚にとって新見は不可解な人間だったが、一緒に過ごすうちに慣れていった。悪意の無い関係は新鮮だった。
友人と呼べる人間はいないし、自分にとって近しい人間なんてブランカだけだ。
───それに、竜蛇。
もう三日だ。
本当に首輪が壊れて、犬塚を見つけることができないのか。それとも……
───飽きたのだろうか?
あの男は嫌がる相手を責めるのが好きなのだ。
犬塚は竜蛇に惹かれ始めていた。自分でも自覚している。
だから、竜蛇は興味を失ったのかもしれない。
そう考えると、犬塚の胸にぽっかりと穴が空いたような空虚な気持ちになった。
「先にシャワー浴びてきたらいいよ。その間に食事の用意をしておくから」
新見にそう言われて、犬塚は立ち上がりバスルームへと向かった。
服を脱いで熱いシャワーを浴びる。
「……」
この三日間、竜蛇の事ばかり考えていた。
無理やり犯して、監禁して、何度も何度も責めて……。
甘い言葉と強烈な快楽で犬塚を支配しようとした。
それなのに、こんなにもあっさりと終わるのか。
虚しさと同時に、怒りがふつふつと湧いてきた。
───絶対に逃がさないと言ったくせに!
犬塚はシャワーの湯を水に変えて、頭から水を浴びた。
体が冷えきった頃にシャワーを止めて、犬塚はバスルームを出た。
洗面所の鏡には、薄くなった縄の痕が微かに残る自分の裸体が写っていた。
このまま縄の痕も消えるだろう。
「……」
再び憂鬱な気持ちになり、手早く体を拭いて部屋着を着た。
洗面所を出てリビングに戻った瞬間、異様な空気に凍り付いた。
リビングの床に血痕が残っていた。そして……
「犬塚」
ソファに優雅に座っていたのは、竜蛇だった。
「……ッ!!」
───しまった!
銃を洗面台に置いたまま出てきていた。
竜蛇の蛇眼に捕えられ、蛇に睨まれた蛙のように体を動かすことができない。
竜蛇はゆっくりと立ち上がって、犬塚へと歩み寄った。いつもの隙の無いスーツ姿で靴を履いたままだった。
「油断しすぎだ。俺の部下から奪った銃はどうした?」
犬塚の前に立ち、琥珀の瞳で見下ろす。唇は微笑んでいるが、目は笑っていない。
「そんなに気を許してるのか?」
喉がカラカラになっていた。犬塚は唇を舐めて、どうにか言葉にする。
「……あいつは関係ない。俺が脅した」
「その割には、仲が良いようだ。お前の事は助けてくれと泣いていたぞ」
「竜蛇! 何もしないでくれ!新見は……ッ!」
竜蛇に喉を掴まれ、壁に押し付けられた。
「……黙れ」
「…っ!」
ギリギリと絞められて息ができず、犬塚は竜蛇の手を掻き毟るように爪を立てた。
竜蛇は気にした風もなく、両手で犬塚の首を絞めあげた。
「悪い子だ。犬塚」
「……か、はッ!」
酸欠になっている犬塚の唇を竜蛇がぺろりと舐めた。
───竜蛇!!
そのまま、犬塚は暗闇へと意識を沈ませていった。
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