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拷問

  「……う」 犬塚はゆっくりと意識を取り戻しつつあった。薄く目を開いて、ぼんやりと床を見ていた。 まだ頭がハッキリしないまま身動(みじろ)ぎすると…… ───ガチャリ。 耳障りな金属質な音にハッと目覚めた。 「!?」 犬塚は裸に剥かれ、両手首と足首に枷を付けられて立ったまま拘束されていた。 「起きた? 犬塚」 声のする方を見れば、竜蛇がパイプ椅子に座ってこちらを見ていた。 「竜蛇……ここは?」 あの監禁部屋じゃない。コンクリ打ちっぱなしの倉庫のような場所だ。 拘束された犬塚の正面の壁に大きな鏡が設置されていた。 「犬塚。本当はね、最初からお前の居場所は分かっていたよ。俺がプレゼントしたその首輪は高性能なんだ」 竜蛇はパイプ椅子から立ち上がり、犬塚の目の前をゆっくりと歩いた。指先で犬塚の頬に掠めるように触れて、すぐに犬塚から離れた。 「お前がどう行動するのか見ていた。隠し金を取りに行くのか、隠れ家へ逃げるのか。まぁ、戻ってくるとは思わなかったけどね。ブランカを追いかけたとしてもかまわない」 竜蛇は鏡の前で立ち止まった。 「だが、これは駄目だ。犬塚」 ───ダンッ!! そして、思い切り鏡を叩いた。 「なっ!?」 竜蛇の合図で向こう側が見えるようになる。 鏡は分厚いマジックミラーになっていた。 鏡の向こうにはパイプ椅子に拘束された新見がいた。殴られたのだろう、腫れて血が付いた顔をしている。 「なんで!? あいつは関係無い! 俺が巻き込んだだけ……ッ!!」 バシッと加減なく頬を張られた。 今までも何度も竜蛇に頬を叩かれたがプレイの一環だった。ここまで思い切り叩かれたことなどなかった。 ガクンと犬塚の頭が大きく揺れた。唇が切れて血が滲んだ。 「あ……」 髪を鷲掴みにされ、無理やり顔を起こされる。 「見てもらおうじゃないか。お前がどんなに淫乱かを」 「嫌だ! 竜蛇!」 また頬を叩かれる。犬塚の頬は赤く腫れ、切れた唇から血が伝った。 竜蛇が背後に視線を送ると、再びただの鏡へと戻った。だが、マジックミラーの向こう側からはこちらの様子は見えているのだ。 「犬塚。さっきも言ったが、お前はブランカを追うのだと思ったよ。だが、それは仕方ない。幼い頃から刷り込まれてきた。ブランカはお前にとって親も同然だ」 竜蛇の骨ばった指が犬塚の顎を掴んで、顔を上げさせた。 「だが、あいつはお前のなんだ? 行きずりの男に何故気を許した?」 「違う……そんなんじゃ……」 「あぁ!? てめぇは三日間もあの男となにしてやがったんだッ!?」 「ひっ!」 いつでも竜蛇は優雅な笑みを浮かべて余裕の表情をしている。ヤクザのくせに口調も品があった。 だが今、竜蛇の言葉にいつもの品は無い。 竜蛇の本気の怒りに犬塚はヒュッと息を飲んだ。 「あの野郎にヤラせたのかって聞いてんだよ!? 言ってみろ!! 犬塚!」 「……し、てない」 バンッと、また頬を叩かれた。 「……あのガキの始末は後だ。先にてめぇの仕置きをしなきゃなぁ。犬塚」 竜蛇は美しい唇に残忍な笑みを浮かべた。 この場所は蛇堂組の所有する港付近の倉庫のひとつだった。敵対している組織の人間を尋問、時には拷問する為に使われている。 マジックミラー越しに拷問の様子を見せ、「次はお前だ」と脅して情報を引き出す事もあった。 完璧な防音壁に改装工事をしており、どれだけ叫ぼうが決して外には漏れない。 竜蛇はジャケットを脱いで放り投げ、カフスを外して袖を捲くった。 そして、鞭を手にして犬塚の背後に回る。全長150センチの一本鞭だ。 「た、竜蛇……」 犬塚は首を捻って、どうにか背後の竜蛇を見た。竜蛇は今まで見た事のない、凍りつくような冷たい目をしていた。 「……」 竜蛇は、ピシリと一度だけコンクリの床を叩いた。そして、無言のまま大きく振りかぶって犬塚の背に一打めの鞭を振るった。 鈍く、重い音が壁を反射して響いた。 「ぐぁああ───ッッ!!」 犬塚の背が激痛に大きく反った。竜蛇は休ませる事無く、二打め、三打めを放つ。 ヒュンと空を切る音を立て、鞭の先が美しい弧を描き、犬塚の背に返ってゆく。 「あ"あ"ッ!!……ぁぐう!……ひぃあ、あ───!!」 ガチャガチャと犬塚の手足の拘束具が鳴った。 「ぃあ! あ!……ぎ、うぁああッッ!!」 バチィイ────ッッ!! 大きく、鈍く、鞭が犬塚の象牙の肌を引き裂く音が響く。 犬塚はしなやかな肢体を限界までしならせた。全身から汗が噴き出す。 ガクガクと痙攣しながら、その喉から絶叫を放つ。 「ぐぅ! あ、ヒィイ───!! あ"───ッ!!」 竜蛇は犬塚の肉が裂け、鮮血が溢れ出しても、容赦無く鞭を振るい続けた。 犬塚の悲鳴が小さくなってきた頃、竜蛇は鞭を振るう手を止めた? 「あ……あ……ぅう……」   永遠にも思えた責め苦がようやく終わった。 小刻みに震えながら、犬塚はがくりと脱力した。ガチリと拘束具が犬塚の体を支えた。 犬塚の背は無残に裂け、幾筋も血を流していた。 竜蛇は鞭を無造作に放って、簡易テーブルの上に置かれた酒のボトルを手に持った。 コルクを抜き、琥珀色の液体を犬塚の背に流した。 「ひぃああああ───ッッ!!」 ぐったりとしていた犬塚が、背中の焼けるような激痛に痩身を大きく跳ね上げた。 ビクッビクッと、何度も体が跳ねて逃げを打つ。だが、両手両足を拘束する鎖がガチャガチャと耳触りな音を立てるだけだった。 竜蛇はボトルを傾けるのを止めた。 「あ、あぁあ……はぁ、う……」 残りの酒を口に含み、犬塚の髪を鷲掴みにして顔を上げさせ口付けた。口移しでブランデーを犬塚の喉に流し込む。 「……ゲホッ……ゴホッ」 唇を離すと犬塚はむせて、飲みきれなかった琥珀色の液体が犬塚の喉を伝い落ちる。 竜蛇は犬塚の喉を伝う酒を舐めあげた。 「……は…ぁあ」 犬塚が僅かにだが、甘い声を出した。 だが、その声音にすら竜蛇はイラつき、掴んでいた犬塚の黒髪を乱暴に離した。犬塚はぐったりと項垂れたまま小さく呻いた。 「……休むんじゃねぇぞ。始まったばかりだろうが」 竜蛇は低い声で告げて、また犬塚の頬を張った。

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