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夜のふたり2
犬塚は戸惑っていた。あまりにも竜蛇が自然に振る舞うのだから。
竜蛇は犬塚を拘束して犯し、監禁し、倉庫で拷問した。今だって、首輪と足枷を付けられ、素肌にガウンだけを着た状況だ。
異様な状況の筈なのに、穏やかな空気が流れている。
これでは、まるで……
そこまで考えて、犬塚は唇を噛んだ。
逃げるつもりはない。けれど、自分と竜蛇の関係は何と呼ぶのが相応しいのか、さっぱり分からなかった。
竜蛇も涼も、犬塚の事を「可愛い犬」だと言った。
だが、犬塚は飼い犬になどなるつもりはない。
悶々としていると、部屋の扉が開き竜蛇が戻ってきた。
風呂上がりの竜蛇はラフなグレーの部屋着を着ていた。Tシャツ越しの鍛えられた胸筋や引き締まった腰、半乾きのくすんだ金茶の髪が男の色香を感じさせた。
───今夜は……俺を抱くのだろうか。
そう思ってしまってから、犬塚は舌打ちしたい気持ちになる。
───何を考えているんだ! 俺は。
竜蛇から視線を反らせ、自分の足先に目を向けた。チャリ、と足枷に付けられたチェーンが小さく鳴った。
「これ、外せよ」
「なんだ?」
竜蛇はベッドサイドに立ち、手に持っていたミネラルウォーターを飲んだ。
「必要ないだろう。俺は逃げない」
犬塚はチェーンに指を引っ掛けて、俯いたまま言った。竜蛇は微笑んで答えた。
「駄目だ」
あっさりと即答されたので、犬塚は少しムッとして竜蛇を睨んだ。
「俺はあんたの犬じゃない」
「……煽るな」
「煽ってなんかいない」
竜蛇はいつもの微笑を浮かべて犬塚を呼んだ。
「おいで。犬塚」
犬塚はソファから動かない。
「来い。犬塚」
今度は硬質な声音で呼ばれ、犬塚は体をビクリとさせた。しぶしぶ立ち上がり、竜蛇の前に立った。
悔しげな表情で竜蛇を見上げた。
その顔、その視線こそが竜蛇を煽るのだが、犬塚に自覚はなかった。
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