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羞恥1
竜蛇は日中は仕事に出ていたが、どんなに遅くなろうとも夜は犬塚の元へ帰った。
そして、犬塚を腕に抱いて眠るのだ。
あの倉庫での仕置きから一週間。
竜蛇は一度も犬塚とセックスもアブノーマルなプレイもしていなかった。
犬塚は戸惑いと、少しばかりの苛立ちを感じていた。だが、竜蛇に何も言う事はできなかった。
「なぜセックスをしない?」などと聞けるわけがない。まるで、犬塚の方が欲求不満で、竜蛇のことを求めているみたいではないか。
キッチンカウンターの椅子に座り、頬杖をついて苦い顔をしている犬塚に涼が話しかけた。
「犬塚さん。甘いものって食べれる?」
この一週間で犬塚は涼にだいぶ慣れていた。
特にする事もないので、日課の筋トレを終えるとキッチンに行き、ぼんやりと涼が料理を作るのを眺めていた。
午後からは掃除や洗濯をする涼を手伝う事もした。
暇になれば、涼が借りてきた映画を一緒に見る事もあった。
涼は距離の置き方が上手い。必要以上に深入りしてこない。不快ではない程度の距離で犬塚に接していた。
「ああ」
「あら、意外と甘いもの好きって雰囲気ね」
それに、言葉の行間の本音を読み取るのに優れている。持って生まれたセンスだった。
「雑誌でパンケーキ特集を見て食べたくなっちゃって。生クリームとフルーツたっぷり乗せでね。組長のお金だし、高級フルーツ買ってきちゃった」
涼はイタズラっぽく笑った。
「ベーコンとか、アボカドのディップとかで甘くない系にもできるけど?」
「甘いのでいい」
実は犬塚は甘いものが好きだ。
犬塚はペドフェリアに飼われ、子供らしさの無い子供時代を過ごしてきた。
ブランカと暮らしていた時も、子供達の好きなお菓子や甘いものなど食べた事がなかった。
自立して一人で暮らし始めた頃のことだ。街を歩いていて甘い匂いに誘われ、犬塚は始めて菓子を買った。
パン屋の店長の年老いた母親が、半分趣味で作っているのだというクッキーを店先で売っていた。
一口かじったら素朴で優しい甘さが広がった。
その優しい甘さに、まだ両親が生きており、なんの不安も無く過ごしていた記憶が蘇るような気がした。
実際には、犬塚は自分の名前すら忘れており、両親の顔も思い出せなかったが。
それでも、口の中に甘さが広がる感覚は好きだった。
時々、犬塚は甘い菓子を買って食べるようになった。
「了解。じゃあ、はい。これ」
「?」
涼は犬塚に泡立て器とボウルを渡した。
「あなたも食べるんだから。生クリーム泡立ててね。力仕事は任せた」
きょとんとした犬塚に「ほら、仕事しなさい」と、泡立て器を手に持たせた。
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