69 / 151
家族2
風呂から上がり、新しいガウンを着た犬塚は再び足枷を嵌められた。
竜蛇に抱き上げられた犬塚は、大人しく寝室に運ばれた。
犬塚がベッドに寝ころんでぼんやりしていると、竜蛇はクローゼットからラフな部屋着を出して着替え始めた。
「少し休むといい」
「あんたは?」
「キッチンを片付けてくる。涼に怒られるからな」
竜蛇は笑って言うが、犬塚は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……よくも、あんな真似を……」
「ごめんごめん。あんまりお前が可愛かったものだから」
竜蛇はベッドに歩み寄り、犬塚に軽いキスをして謝った。
「悪かった。俺も飢えていた。お前が欲しくて、我慢が出来なかった」
「普通にすればいいじゃないか」
犬塚が愚痴ると、竜蛇は琥珀の瞳をいたずらっぽく細めて言った。
「お前が羞恥で泣きそうになっているのに燃えた。お前だって燃えただろう」
「違っ……んん!」
竜蛇は犬塚の抗議をキスで塞いだ。
「休んでいろ。また後で起こしに来る」
蕩けるような接吻で犬塚を黙らせて、竜蛇は部屋を出ていった。
犬塚は少しウトウトしていたが、いつまでたっても竜蛇が戻ってこないので起き上がって部屋を出た。
キッチンから二人の話し声が聞こえた。そっと様子を伺うと、竜蛇と涼が話していた。
「悪かったよ」
「ほんとよ。悪趣味だわ。犬塚さん、可哀想」
「だが燃えた。感謝してるよ」
「最悪」
キッチンはすでに綺麗に掃除されていた。しばらく別の部屋で暇つぶしをしていた涼は、竜蛇が片付けを終えたのでダイニングの椅子に座って文句を垂れているのだ。
竜蛇はキッチンに立って、生クリームを泡立てていた。
「組長が駄目にしちゃったんだからね。ちゃんと泡立ててよ」
「ああ、分かった」
「あ。せっかくだから泡立て器、買ってきていい? 最新のやつ」
「いいよ。何でも好きなものを買ってこい」
「やった! 組長の家、最低限のものしかないんだから。ついでに便利な家電も買ってこよう」
あんな場面を見せられたというのに、涼は竜蛇に普通に接していた。
竜蛇の悪趣味を仕方ないなぁといった感じで許して、受け入れているのだ。
二人のやり取りはまるで兄妹のようだった。
犬塚はなぜかその空気に入って行けず佇んでいた。
涼がふいに犬塚の方を向いた。
「あ。犬塚さん。さっきはごめんなさいね」
「犬塚。起きたのか」
「……」
佇んだままの犬塚を見て、涼が「おっと」と、言って立ち上がった。
「組長。後のフォローが一番大切なのよ」
涼は教師がアドバイスでもするように、竜蛇の背中をポンポンと叩いた。
「パンケーキは二人で食べてね。それじゃあ、わたしは今日は帰らせていただきます」
おどけた調子で言って、犬塚の背を押して入れ違うように出て行った。
「すまないな。涼」
「はいはい」
犬塚は何となく気まずい気持ちになり俯いた。竜蛇は骨ばった指で、その顎をくいっと上げさせた。
「どうした?」
「別に……」
「涼に嫉妬する必要はない」
「そんなんじゃない……何してるんだ?」
会話の内容を変えた犬塚に苦笑して竜蛇は答えた。
「パンケーキを作るんだ」
「あんた。料理できるのか?」
「簡単なものならな」
生クリームを指に取って犬塚の唇に触れさせた。
「甘いのが、好きなんだろう?」
「……」
犬塚は唇を開いて生クリームを舐めた。そのまま竜蛇の指を舐め、軽く食んだ。
「……悪い子だ」
竜蛇が甘く囁いて、犬塚にキスをした。生クリームよりも甘いキスだ。
その甘さに犬塚の憂鬱な気持ちが解けていく。
「焼けるまで座っているといい」
「いい。見てる」
竜蛇は意外そうに片眉を上げた。
犬塚はまるで竜蛇と離れがたいように、キッチンに立つ竜蛇の隣に寄り添うように立っていた。
───ああ、そうか。
先程、竜蛇と涼を見ていて感じたのは、疎外感だったと気付いた。
竜蛇と涼は、まるで家族のようだった。犬塚には最も縁遠い存在だ。
本当の両親の顔も名前も忘れてしまった。ペドフェリアの男には『生かされて』いた。ブランカは犬塚を人間として育ててくれたが、世間一般的な『家族』とは程遠かった。
家族のように話している二人に、どう接していいか分からなかった。
ほんの少し、犬塚の胸を寂しさが突き抜けたのだ。
犬塚は竜蛇の肩に頭を乗せ、軽くもたれかかるようにして竜蛇がパンケーキを焼くのをぼんやりと眺めた。
珍しく犬塚が甘えたそぶりを見せているので竜蛇はつい構いたくなってしまうが、穏やかな空気を壊すのは躊躇われた。
黙ったまま、左半身に犬塚の体温を感じ続けた。
ともだちにシェアしよう!