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ブランカと養い子1
───ネオ・トーキョー、古びたビジネスホテル。
ブランカは馬頭から受け取った資料を手に部屋へ戻ってきた。
竜蛇が犬塚を拉致したのは、ブランカが犬塚をヨーロッパに誘った直後だった。
日本の隠れ家は竜蛇にバレているだろう。
念のためにバックパッカーやIDを持たない移民の多い、よくある安ホテルに泊まっているのだ。
ベッドに座って馬頭から受け取った資料を見ながら、ブランカは昔の事を思い出していた。
犬塚と出会った日の事だ。
標的を始末した後、ブランカは幼い犬塚を連れ帰った。その時住んでいたのは、少し街から離れた場所にある古い一軒家だった。
犬塚は人間らしい常識をまるで知らなかった。
初めて出された食事を、犬塚はフォークを使わず犬のように食べたのだ。
犬塚は性的玩具として、ペドフェリアの男に飼われていた。セックスのやり方しか教わっていないのだろう。
ブランカは頭が痛くなった。厄介な子供を拾ってしまったのだ。
その夜、ブランカは銃を持って、犬塚の眠る部屋へ静かに入った。
馬鹿な真似をした。
連れ帰るなど、するのではなかった。
この子供はブランカの顔も、ブランカが標的を殺すところも見ている。
ブランカは眠る犬塚の額に銃口を向けた。苦しむ事は無い。一瞬で終わる。
犬塚は安心しきったような、子供らしい寝顔で眠っている。
「……」
今、ブランカには二つの選択肢があった。
───この子供を殺すか。
───己の手で育てるか。
ブランカはしばらく銃口を犬塚に向けていたが、静かに銃を下ろした。
そして、何もせず部屋を出て行った。
翌朝。ブランカは朝食の時間に犬塚を起こして、ダイニングの椅子に座らせた。
この子供はカラトリーが使えないのだ。ブランカはサンドイッチと温かいスープをカップに入れて、犬塚の目の前に置いた。
「食え」
「はい」
犬塚は昨日教えた通りに、手で持ってサンドイッチを食べた。
「あつッ!?」
熱いスープをグビッと飲んで、犬塚が驚いたように叫んだ。
「まだ熱い。少し冷まして、ゆっくり飲むんだ」
犬塚はキョトンとしてブランカを見ている。「熱いスープ」も「息を吹いて冷ます」という事も分からないらしい。
……まったく。
ブランカは椅子から立ち上がり、犬塚が持つスープのカップを手にして「こうだ」と、スープに息を吹きかけて、ゆっくりと啜って見せた。
犬塚にカップを返して椅子に座る。犬塚はブランカの真似をして、フーフーと息を吹きかけてからスープを啜った。
学習能力はあるようだ。
「食事のマナーを覚えろ。俺の作ったものを犬のように食べる事は許さない」
「はい。ご主人様」
「俺はお前の主人じゃない。ブランカだ」
「はい。ブランカ」
「それでいい」
食事を続けながら、ブランカは少し後悔していた。
この子供を殺さず生かす事にしたのは、果たして正しかったのか。今からでも始末した方がいいのではないかと、迷い始めていた。
『私の前で犬のように食べないでちょうだい。不愉快だわ』
黙って食事をする犬塚を観察するように見ていたブランカの脳裏に、懐かしい顔が浮かんだ。
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