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ブランカと養い子3
ギデオンの部屋を出たブランカは、犬塚を車に乗せて、次の目的地へと車を走らせた。
二十分ほどで目的の店に着き、広い駐車場に車を止めた。
車を降りるときに、ブランカは首からネームプレートを下げた。
そして、目当ての古着屋の大型店へと犬塚を連れて入った。
「いらっしゃい。何かお探し?」
小太りの中年女性の店員が声をかけた。
「こんにちは」
ブランカは穏やかに微笑みかけた。
犬塚は初めてブランカの笑う顔を見て、少し驚いた顔をしていた。
ブランカは40代前半で背が高く、鍛えられた拳闘士のような体格をしている。
微笑んだ時に目尻に寄る皺がギャップとなり、女性から見ると可愛い印象になるのだ。
作り笑いだが、女性には効果的だった。
女性店員はブランカのネームプレートを見た。虐待された子供たちを保護するシェルターのボランティアスタッフが付けるプレートだった。
昨夜、即席で作った偽装カードだったが怪しまれることはなかった。
「お手伝いしましょうか?」
「ええ。この子の服を何着か見繕っていただけますか? どうも、私はセンスが無いようで……」
ブランカは少し困ったような笑顔で女性店員に頼んだ。ブランカが犬塚に着せた服はサイズが少し大きくて、ズボンの裾とシャツの袖を折っていた。
ブランカの笑顔に女性店員はほんのりと頬を赤らめた。
「ええ。任せてちょうだい。ハァイ。僕、お名前は?」
「……」
犬塚は答えることができず、ブランカの服の裾をぎゅっと握った。
「……アキラです」
「日本人?」
「ええ」
ブランカが自分の事をアキラと呼んだので、犬塚は不思議そうにブランカを見上げた。
「ほら。服を選んでもらおう」
ブランカは優しく犬塚の背中を撫でた。
女性店員は古着だが、綺麗で状態の良いものを選んでくれた。
ブランカは犬塚の服を買い込み、店員に礼を言って車に戻った。
「アキラって……」
助手席に座った犬塚が不思議そうに聞いた。
「日本のメジャーな映画監督の名前だ。それにクラシック・アニメのタイトルだった。日本人に多い名前だ」
ブランカは元の無表情に戻り、車を走らせた。
犬塚の下着はファストファッションのチェーン店で適当に買った。
最後にスーパーに寄って、大量の食材を買った。
隠れ家に戻った時はすっかり日が暮れていた。
───やれやれ。丸一日潰れてしまったな。
最後にもう一仕事だ。ブランカは買い込んだ食材で晩飯作りに取りかかった。
ブランカはファストフードやジャンクフードの類は食べない主義だ。子供の頃、嫌というほど食べた。晩飯が万引きしたチョコバーひとつだったこともあった。
犬塚はダイニングの椅子に座って、料理をするブランカの背中をじっと見ていた。
ペットとして飼われていた今までは、栄養士が調合した餌を食べていた。
栄養バランスは良いのだろうが、いつも冷えていて味気ない食事だった。ただ、生きるためだけに食べていたのだから。
ブランカの作る料理のスパイスやチーズの刺激的な匂いに犬塚の腹が鳴った。
その時、初めて自分は腹が減っているのだと犬塚は気付いた。
空腹だとか、食欲を刺激されるとか、そんな些細なことすら分からなくなっていたのだ。
ブランカはトマトソースのチーズグラタン風ペンネと根菜スープを作った。買ってきたフォカッチャも軽くトーストして温めた。
「手では食うな。これを使え」
座らせた犬塚にスプーンを持たせた。
「こうして、口に運んで食べるんだ。熱いから少し冷ましてから食べろ」
ブランカはまず自分が食べて、犬塚に手本を見せた。
犬塚はブランカを真似て、スプーンでペンネを掬ってフーフーと息を吹きかけて、少し冷ましてから口に運んだ。
フォカッチャは手で掴み、とろけたチーズとトマトソースをつけて食べるよう勧めた。
美味いとも不味いとも言わず、犬塚は黙々と食べた。
───なんとも。食べさせがいのない子供だ。
ブランカは心の中で独り言ちて食事を続けた。
ネオ・トーキョーのホテルの一室で、ブランカは犬塚を拾った当初の事を思い出していた。
……あの子供はまた性玩具として捕まったのか。
ブランカはため息をついた。
日本に留まった事が致命的な失態になるかもしれない。他の子供たちはすでに現地へ赴いている。
ブランカは緻密に計算する男だ。
それが、予定を変更して日本に残った。他の子供たちを待機させて。
計画の変更は不信感を生む。
「……まったく」
だが、ブランカは犬塚を竜蛇から取り返す気でいた。
───なんでまた、あの厄介な子供を見捨てる事ができないのか……。
ブランカに残された時間は少ない。疲れたようにうなだれて首をさすりながら、ブランカは手に持った写真を見た。
竜蛇のマンションのベランダに立つ犬塚の写真だった。
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