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理由1

今朝もまた、犬塚は竜蛇の腕の中で目覚めた。 竜蛇の腕は犬塚の腰をゆるく抱いており、二人は向き合うようにして眠っていた。 昨日、竜蛇は遅い昼食を食べた後、再びスーツを着て出て行った。 そして明け方近くになって戻ってきて、先に眠る犬塚を腕に抱いて眠りについた。 今朝は先に犬塚が起きたのだ。 「……」 犬塚はじっと眠る竜蛇の顔を眺めた。相変わらず整った美しい顔立ちをしている。 ───なぜ、自分なのだろう。 最初に監禁され、犯された時は、竜蛇の悪趣味な気まぐれだと思った。 愛しているなどと言って拷問をする。 あのペドフェリアの男と同じだと思い嫌悪していた。 それが……同じ部屋で暮らし、食事をして、同じベッドで抱き合うように眠りについているのだ。 首輪と足枷を嵌められてはいるが。ペドフェリアに飼われていた時とは違う。 ブランカと暮らしていた頃とも違った。竜蛇はセックスする時以外でも犬塚に触れて、甘く囁く。 ───ブランカ……。 犬塚は少し眉根を寄せた。 ブランカはもうとっくにヨーロッパに行ってしまっただろう。 犬塚にとってブランカは特別な存在だが、彼にとって犬塚は取るに足らない存在だ。わかってはいるが、犬塚の胸は苦しくなる。 そんな犬塚の脳裏に、遠い昔に言われた言葉が甦った。 『ブランカは君くらいの頃にいろいろ失っているんだよ。そのせいでとんだ欠落人間になってしまった。彼の心は欠けたままだ』 ギデオンの言葉だ。子供だった犬塚にそう語った。 『君が欠損した部分を埋めるピースになるといいなぁ、なんて。僕は思うよ』とも言われたが。 ……結局、犬塚はブランカの欠けた部分を埋める人間にはなれなかったのだと思う。 犬塚はギデオンが言う程、ブランカが欠落した人間だとは思わない。 ブランカの為なら何でもする。命を懸けることも迷わない。 だが、ブランカは犬塚を呆れたように冷めた目で見るだけだった。 今だって、ブランカは犬塚に見切りをつけたのだろう。犬塚の胸がチクリと痛んだ。 ───さみしい。 ブランカに見捨てられた犬塚を必要としているのは目の前の男だけだ。見捨てられる原因を作ったのも、この男なのだが。 犬塚は眠る竜蛇の顔を見つめながら、指先でそっと金茶色の睫毛に触れた。 自分はもう竜蛇を殺そうとは思わないし、殺すことなどできないだろう。 これは依存なのかもしれない。 自分はブランカ以上に欠落人間だと自覚している。 竜蛇に執着される事に慣れてしまった。これから先、竜蛇が自分に飽きて、放り出されでもしたら……以前までの自分にはもう戻れないだろう。 犬塚は無意識に怯えた。 竜蛇を失う事に。 犬塚が考え込んでいると、竜蛇が目覚めた。 「……どうした?」 犬塚の不安を感じ取り、腰に回した腕で犬塚を抱き寄せた。犬塚の額にキスをして、静かに聞いた。 「……あんたは、いったい何なんだ」 「また漠然とした質問だな」 犬塚の曖昧な疑問に竜蛇は笑った。 「何故、俺を監禁した? 何故、俺なんだ」 竜蛇をまっすぐに見つめる犬塚の黒い瞳を竜蛇は美しいと思った。 「知っているか? 憎い、嫌いだと感じる理由はすらすらと言葉に出せるのに、なぜ好きか、どこが愛しいかは咄嗟に言葉に出ないものらしいよ」 「意味が分からない」 「理由なんか分からない。始めて会ったときから可愛い男だと思っていた。お前がヨーロッパに行こうとしていると知って監禁した。お前を知るほどに、抱くほどに、お前に惹かれている。俺はお前に夢中だ。犬塚」 竜蛇の唇から紡がれる愛の言葉に、犬塚は目尻を朱に染めて、不機嫌な声で聞いた。 「夢中だという相手を拷問するのか」 「愛情表現だ。俺は愛する者を責めずにはいられない。お前の泣き顔は最高に興奮する」 「最悪だ」 「そうか? まんざらでもないくせに」 竜蛇は笑って、犬塚の鼻先を軽く摘んだ。 「やめろ!」 犬塚はムッとして、その手を払った。答えを得たようで得ていないような気分だ。 「愛してるよ。犬塚」 「……ん」 竜蛇は犬塚に口付け、犬塚は唇を開いて竜蛇の舌を受け入れた。 竜蛇の言葉はストレートなようで難解だった。 だが、竜蛇のキスはいつだって、犬塚を甘く酔わせるのだ。

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