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理由2
「そろそろ起きるか」
二人はシーツの中で柔らかく戯れていたが、竜蛇が時計を見て言った。
「涼には昼からでいいと伝えてある。今朝は二人で朝食だ」
涼の名を聞いて、犬塚がピクリと体を揺らした。
「昨日の事なら気にする必要はない。涼も気にしていない」
「うるさい」
涼にみっともない姿を見られたのだ。
今日、涼と顔を合わすのは気まずい。
だが、どうしようもない。そもそも涼は竜蛇と犬塚の関係を知っているのだ。
「不機嫌な顔も可愛いよ。何か適当に作ろう。コーヒーを淹れてくれ」
竜蛇は微笑を浮かべて犬塚の頬にキスをした。
同じ朝、娼館の香澄の部屋で涼は香澄より先に目覚めた。
隣を見れば、香澄は熟睡している。
ここ最近よく眠れていなかったようだし、香澄を起こさないように、涼はそっとベッドから下りて寝室を出た。
着替えてからテーブルの上に「よく寝てたから起こさずに帰るね」と、手紙を残した。
涼は香澄の部屋を出てエレベーターに乗り、そのまま下の事務所に寄った。
「涼さん。久しぶりです」
「雀さん。お久しぶり」
事務所にいたのは190近い長身のガタイのいい男だ。50代前半で白髪混じりの短髪に一重の鋭い目つきをしている。名を雀野満(じゃくのみつる)という。
「香澄さんのところに泊まったんですか」
「ええ。よく眠ってるから起こさないように出てきたの」
雀野は年下の涼に対しても丁寧に話す。ヤクザにしては礼儀正しい男だ。
もともとは蛇堂組でも武闘派で知られた雀野だが、抗争で右手と右目の視力を悪くした。右手は麻痺が残っており、右目はほとんど見えてはいなかった。
組を抜けると言い張ったが、竜蛇の計らいでこの娼館の用心棒をしている。
不自由な体になろうとも、その辺の男よりも腕がたつし迫力があった。
それに竜蛇への忠誠心も強い男だ。
「そうですか」
この雀野は香澄を気にかけている。
足の悪い香澄に、どこか共感するものがあるのかもしれない。
だが、涼はそれを少し危ういと感じていた。できるだけ香澄と雀野をふたりきりにはさせたくなかった。
「ちょっと最近ナーバスだったみたいだから、そっとしておいてあげてね。あたしもまた寄るから」
「はい」
雀野は香澄と涼は姉弟のようだと思っていた。涼は若いが香澄の姉のように世話を焼いている。
ふたりが一緒にいるのを見ると癒された。
こんな場所にいるというのに香澄はスレていない。いつでも透明感のある微笑を浮かべている。男娼には見えなかった。
『雨の日は痛むでしょう』
ある雨の日、香澄は雀野の右手をそっと握って言った。
自分は見た目からして極道だ。美男ではないし、手と目の不自由なポンコツだ。だが香澄は優しく微笑む。
雀野は香澄には男娼など向いていないと思っている。だが竜蛇への忠誠心は揺るぎない。
香澄を見る度に、柄にもなく憐憫の情がわくが、これも香澄の運命だと割り切るようにしていた。
だから涼と香澄が談笑している姿を見ると、少しほっとするのだ。
「帰るんですか?」
「ええ。一度帰ってから、また組長のとこ行ってくる」
「犬の世話に?」
「そう。『犬の世話』よ」
雀野が苦い声で言った。
「組長も涼さんに犬の世話なんかさせて……」
涼はここの男娼たちを仕切っていたのだ。佐和は頑張っているが、まだまだだ。
「あはは。ほんとよね」
犬塚の存在は一部の人間しか知らない。ここにいる者達は佐和の話を聞いて、本物の犬の事だと思っているのだ。
「そう言えば何犬なんです?」
「……黒柴よ」
少し考えてから涼が答えた。雀野は意外そうに片眉を上げた。
「人見知りだけど、ちょっと懐いてくれたの」
───また嫌われちゃったかもしれないけどね。
涼は雀野に「また顔出すから」と、ひらひらと手を振って事務所を出ていった。
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