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トレーニングルーム
「組長には許可もらってるから」
バッグを担いだ涼は部屋のドアを開けて外に出た。犬塚は驚いて、少しためらった後に涼に続いて部屋を出た。
「この下のフロアがトレーニングジムになってるの。組長が好きに使っていいって」
涼はカードキーをかざしてエレベーターに乗った。カードキーが無いとエレベーターには乗れないのだ。
二人はひとつ下のフロアで下りて、ドアを開けて中に入った。壁をぶち抜いて改装されており、本格的なトレーニングルームになっていた。
「それは外してあげられないから、そのカッコのままになっちゃうけど。テキトーに体動かしてみる?」
涼が犬塚の足枷を指差した。足枷のチェーンにはある程度長さがあるので、マシントレーニングには問題ないだろう。
「問題ない」
「そう。じゃあ、お互いテキトーに運動しましょ」
涼は着替えるためにシャワールームの方へ歩いて行った。
ぐるりと見回せば、マシンは最新のものばかりだ。
足枷が邪魔にならないものをと、犬塚はベンチプレスを選んだ。重量の調整をし、仰向けに寝てポジションを決める。そして、バーベルに手をかけた。
犬塚が筋トレをしている間、涼はiPodで音楽を聴きながらトレッドミルで軽く走っていたが、マシンを止めて犬塚の方へ歩いてきた。
「犬塚さんって強いんでしょ?」
「……」
「ちょっと手合せしてくれない。最近、体がなまっちゃってて」
おどけた調子で「手加減するから」と言われて、しぶしぶ犬塚は立ち上がった。
マシンルームから、別のトレーニングルームへ移動した。床がマットになっており、格闘技の練習の為の部屋だった。
犬塚は女相手に気乗りはしなかったので、適当に相手をしようと思った。
犬塚と向き合って立ち、涼はぺこりとお辞儀をした。次の瞬間───
「ッ!?」
空を切る音を立てて、涼が美しいフォームで犬塚にハイキックを打ち込んだ。犬塚は瞬時に両腕で蹴りを受け止め、掌で弾いた。
「くそ。不意打ちならいけると思ったのに」
女にしては重い蹴りだ。涼は休まず、次の攻撃に打って出た。
「おい、待て!」
骨盤を回旋させ、軸ブレのないパワーのあるミドルキックを繰り出す。犬塚は素早く避けて、後ろに下がった。
「須藤さんがね。女は腕力じゃ男にかなわないから、脚を鍛えろって」
涼は蹴りが外れてもすぐに体勢を戻した。
「……なるほど」
犬塚は軽く拳を構えて立つ。さっきまでの隙が消えていた。
「ああ、くそ。さっきがチャンスだったのになぁ」
涼がいたずらっぽく笑って、軽いフットワークで拳を構えた。
「えい」
ふざけた掛け声で犬塚にパンチを打つ。
犬塚が掌で受けた瞬間、涼は膝蹴りで犬塚の腹を狙ってきた。犬塚は腹に力を込め、もう一方の手で涼の膝を横に弾いた。
涼は体を回転させ、肘打ちで犬塚の顎を狙う。犬塚は背を反らせ軽くかわした。
「ああ。もう」
涼は悔しげに、でも楽しげに笑って犬塚を見た。犬塚も不敵に笑ってみせた。
しばらくの間、涼が犬塚に攻撃をしかけ、犬塚が受け止めてかわす攻防が続いた。
「あっ!」
涼が少し疲れてきた頃、犬塚は涼の脚を捕えて持ち上げ、背中からマットに落とした。
「も~悔しい!」
涼は仰向けにひっくり返ったまま、悔しげに叫んだ。
「いや、あんたは強いよ。女だがなかなかやるな」
「足枷ついてるし、ガウンだし、ハンデあるから勝てると思ったのになぁ」
犬塚は笑って涼の手を引いて起こした。
「あっ!!」
「ど、どうした?」
「犬塚さんが笑った顔、初めて見たわ」
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