86 / 151

古い写真2

人の感情や、男と女の関係は複雑だ。 憎み合っているのに生涯添い遂げる夫婦もいれば、愛し合っているのに別れる恋人同士もいる。 父と母の間にあったものは、母がいない今となっては竜蛇が知ることはできない。 「母は俺に必要な強さをくれた。感謝しているよ」 「……」 犬塚は黙って竜蛇を見つめた。 この男にも母親がいるのだ。当たり前だが……。 犬塚は自分の母親の事を考えた。ほとんど覚えてはいない。 あのペドフェリアの玩具になる前、孤児院に連れて行かれる前だ。 母親の顔はフィルターがかかったように、犬塚の記憶の中でぼやけてしか残っていない。 『……おいで。……の好きなジュースだよ』 アニメのキャラがプリントされたプラスチックのコップを持って、幼い犬塚を呼んだ。 ───名前の部分も、母の顔も思い出せない。 遠い昔の事だ。自分はすっかり変わってしまった。 性のオモチャとして男達に嬲りつくされた。殺し屋として何人もの命を奪ってきた。 初めて殺したのは、自分と歳の変わらない少年だった。 『……ろさなぃで……願い……殺さな……で……』 必死に命乞いをしていた子供を殺した。何発も撃って。 あの少年にも、母親がいたはずだ。 犬塚は胸が苦しくなっていくのを感じた。脈が飛んで息苦しくなったので、手で胸のあたりを抑えた。 「……っ」 母親の事を思い出そうとする度に息が出来なくなる。汚れきった自分には、美しい思い出など相応しくない。 呼吸が苦しくなったとき、竜蛇が強く犬塚を抱きしめてきた。竜蛇の胸に顔を埋めるようにして包み込まれる。 「犬塚。息をしろ」 静かに名を呼ばれ、竜蛇の落ち着いた鼓動を感じるうちに、犬塚の呼吸も楽になった。 ───なぜ、俺はこの男と……。 男とセックスすることは犬塚のトラウマであり、嫌悪することだったはずだ。 だが、竜蛇に抱かれて、燃え上がる自分がいる。 「いい子だ。愛しているよ。犬塚」 それに、こうして甘く囁かれ、優しく触れられることは嫌じゃなかった。 竜蛇に黒髪をそっと撫でられながら、犬塚は目を閉じた。 竜蛇の安定した心臓のリズムを聞いているうちに、犬塚の呼吸は落ち着き、穏やかな眠りへと沈んでいった。 「……」 竜蛇は何かを考えながら、犬塚の黒髪を優しく撫で続けた。

ともだちにシェアしよう!