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古い写真2
人の感情や、男と女の関係は複雑だ。
憎み合っているのに生涯添い遂げる夫婦もいれば、愛し合っているのに別れる恋人同士もいる。
父と母の間にあったものは、母がいない今となっては竜蛇が知ることはできない。
「母は俺に必要な強さをくれた。感謝しているよ」
「……」
犬塚は黙って竜蛇を見つめた。
この男にも母親がいるのだ。当たり前だが……。
犬塚は自分の母親の事を考えた。ほとんど覚えてはいない。
あのペドフェリアの玩具になる前、孤児院に連れて行かれる前だ。
母親の顔はフィルターがかかったように、犬塚の記憶の中でぼやけてしか残っていない。
『……おいで。……の好きなジュースだよ』
アニメのキャラがプリントされたプラスチックのコップを持って、幼い犬塚を呼んだ。
───名前の部分も、母の顔も思い出せない。
遠い昔の事だ。自分はすっかり変わってしまった。
性のオモチャとして男達に嬲りつくされた。殺し屋として何人もの命を奪ってきた。
初めて殺したのは、自分と歳の変わらない少年だった。
『……ろさなぃで……願い……殺さな……で……』
必死に命乞いをしていた子供を殺した。何発も撃って。
あの少年にも、母親がいたはずだ。
犬塚は胸が苦しくなっていくのを感じた。脈が飛んで息苦しくなったので、手で胸のあたりを抑えた。
「……っ」
母親の事を思い出そうとする度に息が出来なくなる。汚れきった自分には、美しい思い出など相応しくない。
呼吸が苦しくなったとき、竜蛇が強く犬塚を抱きしめてきた。竜蛇の胸に顔を埋めるようにして包み込まれる。
「犬塚。息をしろ」
静かに名を呼ばれ、竜蛇の落ち着いた鼓動を感じるうちに、犬塚の呼吸も楽になった。
───なぜ、俺はこの男と……。
男とセックスすることは犬塚のトラウマであり、嫌悪することだったはずだ。
だが、竜蛇に抱かれて、燃え上がる自分がいる。
「いい子だ。愛しているよ。犬塚」
それに、こうして甘く囁かれ、優しく触れられることは嫌じゃなかった。
竜蛇に黒髪をそっと撫でられながら、犬塚は目を閉じた。
竜蛇の安定した心臓のリズムを聞いているうちに、犬塚の呼吸は落ち着き、穏やかな眠りへと沈んでいった。
「……」
竜蛇は何かを考えながら、犬塚の黒髪を優しく撫で続けた。
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