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志信4
「幸人」
竜蛇が名を呼んだ。愛おしげに犬塚の頬を撫でて。
犬塚は小刻みに震えはじめた。
「……がう……違う、違う……っ」
名を呼ばれることを拒絶するように、ゆるゆると首を振った。
「お前は犬塚じゃない。幸人だ。槙村幸人 。母親は香苗 。父親は幸佑 」
「……違う」
「お前が七つの時に事故死した。お前の家族だ」
「ちがう! ちがうちがう! やめろッ!!」
犬塚の脳裏に幼い頃の記憶がフラッシュバックする。
父親に手を引かれて近所の公園を散歩した。
優しく添い寝をしてくれた母親。
好きだったキャラクターのプラスチック製のカップ。繰り返し読んでもらった絵本。お気に入りのブランケット。
いくつもの映像がスライドするようにすり替わっていく。
父の顔も、母の顔も、ぼやけている。それに声も朧げで……
だが、これだけはハッキリと思い出した。
『ゆきと。おいで、ゆきと』
顔の無い両親は、幼い犬塚の事をそう呼んだのだ。
「幸人」
竜蛇の声で犬塚は現実に引き戻された。
今、自分は何をしている!? 裸で縛られ、男に組み敷かれている。
───今まで、自分は何をしてきた?
何人ものペドフェリアの男達に奉仕してきた。望まれれば、どんな淫らな真似もやってのけた。
それに何人も殺してきた。最初に殺したのは、自分と歳のかわらない少年だった。
犬塚の呼吸が発作の前触れのように乱れ始めた。
「……は……っ……あ……」
───汚い!! 汚い! 汚い!!
───ゆきと。いい子だね。ゆきと。
犬塚の心の叫び声と両親の呼ぶ声が重なる。犬塚は縛られた体で、狂ったように暴れ出した。
「離せッ!! 汚い! 触るな! 俺に触るなぁッ!!」
竜蛇は暴れる犬塚を強く押さえつける。犬塚の足首の縄が、ギリギリと締まった。だが痛みなど感じていないように犬塚は暴れ続けた。
「嫌だッ!嫌だ!嫌だ!汚いッ!」
「俺は汚いか? 幸人」
ハッハッと息を乱して、犬塚は竜蛇を見た。美しい琥珀の瞳が犬塚を捕える。
「ちがう……」
汚いのは自分だ。なにもかも汚れきっている。自分は幸人じゃない。
あの優しい、美しい世界にはもう戻れない。
犬塚はパニックを起こしたように、小刻みに震えて小さな声で繰り返した。
「……ちがう……ちがう、ちがう……幸人じゃない。俺は、汚い……汚い……汚い」
「お前は汚くなんかない。綺麗だよ。幸人」
「幸人じゃないッ!!」
再び犬塚が暴れ出した。竜蛇は犬塚の上半身を抑え込みながら、片手で犬塚の後孔に触れた。
「ひぃッ!!」
「幸人。いつものように、ここで俺を受け入れろ」
犬塚は大きく目を見開き、悲鳴のような声を上げた。
「いやぁ───ッ!! 嫌だッ!!」
ソコに何度も男を受け入れてきた。でもそれは名も無い日本人の少年だ。
幸人じゃない。両親が愛し、穏やかな日々を過ごしていた無垢な子供ではない。
「いやっ! や、やめ……ひ、ぃい!!」
「いい子だ。幸人」
竜蛇の声は慈しむように優しい。たが、逃げることは許さないと、その視線も腕も、蛇のように犬塚を捕らえて離さない。
ガクガクと震える犬塚を押さえつけて、竜蛇は骨ばった指をアナルに深く埋めた。
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