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破滅1

  翌日、昼前に犬塚は目覚めた。 昨夜はドロドロになるまで竜蛇とセックスをして気絶するように意識を失った。 眠っている間に犬塚の体は竜蛇によって清められており、シーツは新しいものに変えられていた。 竜蛇は犬塚を腕に抱くようにして眠っている。その寝顔を見つめながら、犬塚は昨夜の事を思った。 ───幸人。 犬塚の本当の名前。 両親が付けた名前だ。竜蛇は犬塚を抱きながら、幸人と呼んだ。 『ゆきと。いいこだね。ゆきと』 幼い頃、母にそう呼ばれていたことを思い出した。母の顔は思い出せなくても、懐かしいと感じる。 竜蛇から幸人と呼ばれるのは不思議な感覚だ。 自分の名前だ。 けれど違和感がある。ずっとブランカに「日本人」と呼ばれてきて、独立した日からは「犬塚」と名乗ってきた。 でも……自分の名前だ。本当の名前だ。 犬塚はあらゆる感情を出しきってしまったかのようにぼんやりとしていた。 そして再び目を閉じて、竜蛇の肌にぴったりと密着するように寄り添って眠った。 再び目覚めた時は昼過ぎだった。今度は竜蛇は目を覚ましていた。変わらず犬塚を腕に抱いており、優しく犬塚の黒髪を撫でていた。 「起きた? 幸人」 「……」 竜蛇に幸人と呼ばれて、犬塚はどう反応してよいか分からなかった。そんな犬塚に竜蛇は微笑を浮かべる。 「犬塚と呼んだ方がいいか? セックスする時だけ名を呼ぶのもいいな。お前も俺を志信と呼んでくれ」 竜蛇は普段と変わりなく犬塚に接している。 しばらく犬塚の黒髪を撫でていたが、犬塚の額にキスをして竜蛇は起き上がった。 「今日は涼には来なくていいと連絡しておいた。俺も一日休みだ」 須藤には愚痴を言われたがな、と苦笑した。そして「もうすぐ二時か。何か食べるか?」と立ち上がった。 スウェットとTシャツを着て寝室を出て行く竜蛇を、犬塚はぼんやりと見つめていた。 ……不思議な感覚だ。感情のベールが一枚燃え尽きてしてしまったようだ。 思考停止しているような、逆に頭がすっきりと冴え渡っているような……何とも言えない感覚だった。 犬塚はのそりと立ち上がり、裸のままベランダに出た。冬の日差しに冷たい空気が心地よかった。 「犬塚。そんな姿でベランダに出るな」 背後から竜蛇の声が聞こえて、振り返ると竜蛇が困ったような微笑を浮かべて犬塚を見ている。 竜蛇はベランダには出ない。竜蛇は蛇堂組の組長だ。命を狙われる事も多い。 窓は全て防弾ガラスだ。竜蛇のマンションのある場所は、周囲の建物と立地的に狙撃しにくい角度になっている。 よほどの腕が無いと標的には当たらないだろう。 ───ブランカなら、狙撃できるかもしれない。 ふとそんな考えが頭をよぎる。犬塚はじっと竜蛇を見つめた。琥珀の瞳は冷静だ。だが犬塚に向けるその視線は甘い。 『俺を破滅させるなら、お前だ』 昨夜の竜蛇の言葉を思い出す。この男は自分には嘘は吐かない。 本当に竜蛇を破滅させるこことができるのだろうか。 犬塚は竜蛇に向かって招くように手を伸ばした。 「出て来いよ」 犬塚の言葉に竜蛇は笑みを深めて、ベランダに向かって足を踏み出した。

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