100 / 151
破滅3
その日、娼館では香澄がベッドの上で動けないまま客を見送っていた。この客は酷いサディストで香澄を夜通しいたぶっていた。
竜蛇の娼館では痕が残る傷を残すプレイは禁止されている。竜蛇に知れれば客と言えどただではすまない。
だから香澄の体には縄や鞭の痕があったが、残るような傷はひとつも無かった。
「大丈夫ですか?」
雀野が痛ましそうに香澄に声をかけた。今までは涼が香澄の世話をしていたが、今は雀野や佐和が世話をしていた。
雀野は香澄を抱き上げて、バスルームに連れていき、湯を張ったバスタブにそっと香澄を下ろす。
「……っ!」
傷に沁みたのだろう。香澄が息を呑んだ。雀野は労わるように香澄の背をそっと撫でた。
「大丈夫、少し沁みただけ」
「可哀想に……」
そう言われて香澄は儚く微笑んだ。
……可哀想。香澄はこの言葉が嫌いだ。
香澄にそう言う者は決して香澄を救いはしないのだ。
憐れみはなんの慰めにもならない。
涼なら香澄を憐れんだりはしない。
「痛そ~」「ちゃちゃっと洗っちゃうね」と、てきぱきと客とのプレイの後始末をする。
終われば「お腹すいてる?」「もう寝る?」と必要な事だけを聞いてくる。
それが心地よかった。男達は香澄を見ているようで見ていない。自分の好むイメージで香澄を見ている。
男狂わせ。淫売。不幸な子。扱いやすい男娼。
雀野は香澄を哀れな子だと思っている。香澄はそれが不快だった。
「涼は?」
香澄は早く涼に戻ってきてほしかった。それに、竜蛇にも来てほしい。
「涼さんは忙しいようですよ」
「そう」
「まったく。組長もどうして涼さんに犬の世話なんかさせて……」
「犬?」
香澄の体を清めながら雀野がぼやいた。
「ええ。香澄さんは今、組長の飼い犬の世話をしてるんですよ」
涼が竜蛇直属の仕事をしているのは聞いている。だが犬の世話だとは知らなかった。
「犬……」
『犬塚……愛しているよ。犬塚』
香澄の肌がザワッと粟立った。
最後に竜蛇が香澄を抱いた時、竜蛇はそう言った。背後から香澄を犯しながら、『お前が愛しい。犬塚』と、甘い声でそう呼んだ。香澄の黒髪を優しく撫でながら。
あんな風に甘い声で名を呼ばれたことなど、香澄は一度も無い。
犬……犬塚……。
この娼館を仕切っている涼が、わざわざ世話をしに竜蛇のマンションに通っているという。竜蛇の可愛い『犬』の為に。
「……ッ」
香澄が突然自身の体を抱きしめるようにして湯の中に沈んだ。
「香澄さん! どうしたんです!?」
雀野が慌てて、シャツが濡れるのも構わず香澄の体を抱き上げた。
「大丈夫ですか!?」
「……」
心配するように抱きしめてくる雀野の腕を香澄が華奢な手でそっと撫でた。
「ごめんなさい。急に苦しくなって」
「医者を……」
「いいえ。大丈夫……僕のは精神的なものなの。いつもは涼がぎゅっと抱きしめてくれると治まるんだ」
香澄は雀野の逞しい胸に頬をすり寄せるようにして小さな声で哀願した。
「……お願い。少しだけ、こうしていて。すぐに落ち着くから……」
「わ、分かりました」
雀野は香澄の体を抱きしめた。
香澄の華奢な体や弱々しい啜り泣きに胸が苦しくなる。どうしてこの純粋そうな青年が苦しむのか。
香澄は他の男娼のように淫売でも金の亡者でもない。儚くて、優しい。望まずに男達の欲望の犠牲になったのだ。
雀野の心に憐憫の情が満ちていった。
香澄は雀野の腕の中で儚く啜り泣いた。だがその瞳は暗い炎を宿している。
香澄の中の怪物が、のそりと鎌首をもたげた。
ともだちにシェアしよう!