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休日3

その日の夕飯も竜蛇が作った。 冷蔵庫にあった豚肉に五香粉とニンニクで味付けをして中華風に焼いた。 夕食は寝室ではなくダイニングで食べる事にした。 「たまにはこんな日もいいな」 「……」 料理を並べながら竜蛇が独り言のように呟いた。犬塚は何も言わなかったが、同じように感じていた。 犬塚の心には漠然とした不安があった。自分は変わってしまった。もう以前までの自分には戻れない。 犬塚は殺し屋として一人で生きてきた。ペドフェリアから救い、名前をくれたブランカに心の奥では依存をしながら。 竜蛇は本当の名前を取り戻してくれた。 吐息を分け合うような口付け。己を曝け出し、欲望を解放するようなセックス。そして穏やかに過ごす事。 今まで知らなかった事を竜蛇は犬塚に教えた。 もう一人では生きられない。 その事が恐ろしい。 この男を失う事が怖い。 竜蛇の愛は歪んでいるが、まっすぐ犬塚にだけ注がれている。 自分はブランカの代わりに竜蛇に依存しているのだろうか、と犬塚は迷う。 だが竜蛇はそんな真似は許さないだろう。 どんな犬塚でも構わないと言うが、身代わりに依存される事など、このプライドの高い男は受け入れない。 そうして犬塚を調教という名目で導くのだ。きっと竜蛇ならそうする。 その事に安心している自分に犬塚は複雑な気持ちになる。 「お前も飲むか?」 「ああ」 竜蛇が青島ビールの瓶を犬塚に渡した。竜蛇の家には多種多様の酒があった。食事の内容に合わせて酒を選ぶのだ。 「あんた、酒好きなのか?」 「人並みにはね。お前は?」 「まあまあだ」 他愛もない話をしながら席について、二人は食事を始めた。 ふと犬塚はブランカとの食事を思い出した。まだ二人で暮らしていた頃、食事はブランカが作っていた。 ブランカは酒を飲まなかった。 料理が上手で、いろんな国の料理を作った。それに栄養のバランスも良かった。 痩せすぎていた犬塚が成長できたのもブランカの食事のおかげだろう。 だがブランカとの食事は空虚だった事に犬塚は今になって気付いた。 会話も無く、互いに黙々と食べていた。 そもそも犬塚には温かい食卓という概念が無い。 幼い頃の記憶は薄れ、ペドフェリアに飼われていた頃はペースト状の餌と水を与えられていた。 住み込みの医者が配合したもので、栄養は充分だったが。 どちらにしろ犬塚にとって食事は生きる為のものだ。楽しむ為のものではない。 竜蛇は食も酒も会話も楽しむ。 涼がいる時は食卓が賑やかだ。 涼は時折、犬塚をからかうような事を言い、それを見て竜蛇は笑っている。 「酒が飲めるなら、今度飲みに行くか」 「え?」 「いつも級友と飲みに行くバーがある。上等の酒を出す店だ。きっと気に入る」 「……」 「どうした?」 「俺はお前に監禁されているんだよな?」 犬塚は困惑した表情で聞いた。 竜蛇はその顔が可愛いと思った。 「お前。まだ監禁されていると思っているのか?」 「は?」 「お前ならここから逃げることなど簡単だろう。昼間は涼がいるだけだ。階下の護衛よりお前の方が強いし、この部屋に監視カメラは無い。昨日まで嵌められていた足枷なら鎖を切る方法はある。お前なら、そのうち思いついただろう」 「でも首輪が……」 「ああ。その首輪だけは外れない。どこにいてもお前を見つける」 竜蛇はいたずらっぽく笑って言った。 「それじゃあ同じじゃないか」 「あの監禁部屋と比べて、ここでの暮らしはどうだ?」 「それは……」 監禁部屋とは違う。ある程度の自由がある。 犬塚が一度逃げ出して再び捕まってからは竜蛇から逃げる気持ちは無くなっていた。 竜蛇に二度と離すなと言ったのは自分だ。ここには犬塚の意思でいるのだ。 「物理的な細かい事は考えるな。お前の気持ちを聞いているんだ。力で抑え込まれているか? お前は閉じ込められた小鳥か? 犬塚」 「……違う」 「そうだ」 竜蛇は満足げな笑みを浮かべてビールを飲んだ。 犬塚は少し悔しい気持ちになってしまう。竜蛇に対する感情は自分でもよく分からない。だがこの男に負けるのは嫌だった。 犬塚には分からない事を竜蛇は理解しており、諭すように犬塚に話す。 その事に少しムカついていた。 「俺はお前に夢中だし、お前は俺を支配している。だが口では俺に勝てないよ。犬塚」 犬塚の悔しげな顔を見て、竜蛇が面白そうにしている。 「うるさい」 犬塚は拗ねたようにビール瓶をぐいと傾けて飲んだ。まるで親に説教をされた生意気ざかりの若造みたいだ。 竜蛇は耐えきれずに声を出して笑った。

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