107 / 151

炎2

「あたしの兄貴が刑務所にいるって言ったでしょ。兄貴とは父親が違うの。あたしは母の再婚相手との娘。兄貴とは10歳違いよ。 なんてゆうかねぇ、母はいわゆる毒親って奴ね。父親はモラハラDVよ。兄貴は早々とグレていて、あんまり家に居なかったわ」 涼は世間話でもするように話し続けた。 「父は精神的に母を追い詰めたりしてたけど、だんだん殴るようになったの。母は最初はあたしを庇っていたけど、自分の代わりにあたしを悪者にするようになったわ」 『涼からお父さんに食費をちょうだいって言って。涼が言えば許してくれる』 いつからか母は涼を身代わりに差し出すようになった。 「あたしが言っても父は機嫌が悪くなって、あたしを殴ったわ」 「……」 「あたしが10歳で兄貴が19歳の時。珍しく家に寄った兄貴が、ボッコボコにされたあたしを見たの。兄貴はすごく怒って、父を殴ってあたしを連れ出した。その日から兄貴が親代わりで、ボロアパートで一緒に暮らしてた。昼ドラみたいでしょ」 涼はカラカラと笑った。犬塚は何と言っていいか分からず黙っていた。 「犬塚さんの沈黙は好きよ。下手な慰めが何の足しにもならないって知っているのね」 涼は頬杖をついて、しみじみと犬塚を見た。 「……あたしの初恋は兄貴なのよね。だって、あの地獄のような生活から助け出してくれたヒーローみたいな存在よ。強くて、かっこいいの。 16の頃には、異性としてしか兄貴を見れなかったわ。兄貴もそれに気付いてた。だから家に女を連れ込むようになって、わざとあたしに聞こえるようにセックスしてた」 涼は派手にため息を吐いて「最悪よね」と吐き捨てるように言った。 二人が住んでいたのは狭いボロアパートだった。兄が女を連れ込んでいる時、涼はキッチンでじっと待っていた。 決して外に出て行く事はしなかった。 セックスが終わって、部屋から出てきた女に「早く帰ったら? メス豚さん。あなたの声って気持ち悪いわ。本物の豚みたい」と笑顔で言った。 憤慨した女が出て行き、兄は複雑な表情で涼を見ていた。 「あたしも同級生と付き合ってみたりしたけど、どうしても兄貴に似た相手を選んじゃうのよ。それで、当たって砕けろって兄貴に告白したの。 あたしたちは血が半分しか繋がっていない。あたしは構わない。だって、あたしたち全然似てなかったの。知らない人から見たら兄と妹だなんて分からないくらいよ。 でも兄貴には無理だった。どう転んだって妹なのよ。好きだ好きだって兄貴に言い続けたら、兄貴はアパートに帰ってこなくなった。お金だけ置いて出て行っちゃったの。その頃、兄貴は蛇堂組の若手ヤクザでね。将来有望なヤクザだった」 ヤクザに将来有望って何って感じよね、と涼は笑った。 「あたしはヤケになって、兄貴が置いてったお金を持って夜の街で遊び歩いたの。その時、よろしくない移民の男に引っかかって『悲しい気持ちを忘れられる』ってね……最初は軽いのから、徐々にハードなドラッグを勧められた。兄貴に嫌われたから、どうでもよかったの。 気付いたら、マンションの一室で売春みたいなことやらされてた」 今でも時々、無性に薬が欲しくなる事がある。特に、兄からハガキが届いた日には…… 「幼かったのよ。バカで、無知で、子供だった。兄貴の苦しみなんて理解する気も無かった。その移民のやつらはドラッグ売ったり、売春斡旋したり、他にもいろいろやっててね。蛇堂組のシマでも悪さしてたのよ。 移民のガキは極道のルールなんて関係無い。恐れも悪党としての礼儀も無いの。子供だからタチが悪い。蛇堂組としても潰したかった」 移民のグループはほとんど10代の若者で、下は10歳の者もいた。 当時、蛇堂組はマークされており迂闊に動けなかった。 蛇堂組のシマで、悪さと呼ぶには大人顔負けの真似をして金を稼ぐガキどもは目障りだったが、もし子供を死なせでもすれば、警察はここぞとばかりに蛇堂組を潰しにかかるだろう。 「あたしが奴らに売春させられてるって知った兄貴が乗り込んできたの。前にも言ったけど、あいつらをボコボコにして、あたしを助けてくれた。リーダー格の男を殺してね。17歳だった。 警察には妹をボロボロにされて、カッとなって殺したって話した。蛇堂組は無関係だって。でも結果的に移民のグループは散り散りになって蛇堂組的には万々歳よ。兄貴は出所したら、それなりの地位が待ってる」 涼は目線を落として、じっとテーブルを見つめていた。しばらく黙りこんでいたが、短い赤毛をかき上げながら続きを話し始めた。 「兄貴はあたしが客とセックスしてるところを見た。クスリでバカになってるところも。俺のせいだって言った。俺のせいで涼はこんな目にあったんだって。 それは違うわ。自業自得なのよ。身から出たサビ。兄貴のせいじゃない。 でも、兄貴は二度とわたしをまっすぐ見れないわ。もう妹としても見れない。罪悪感の塊の対象にしか見えない。あたしは兄貴をダメにしてしまった。でもね……」 涼は顔を上げて、まっすぐに犬塚を見た。 「兄貴はこの先、誰の事も好きにならない。結婚もしないし、恋人も作らない。自分のせいだと思っているから。 だからと言ってあたしを女として愛してるわけじゃない。償いだと思ってるの。女として幸せな人生を妹は送れないと思ってる。だから兄貴も家庭を持つ気も、誰かを愛する気も無い。まぁ、ヤクザだからその辺は問題無いのかもしれないけど。 兄貴は孤独に生きるつもりよ。あたしのせいでね。あたしの事を愛せないくせに、一生償うつもりなの」 涼は犬塚と視線を絡ませたまま、ふっと笑った。その笑みに犬塚の背筋がゾクリとした。

ともだちにシェアしよう!