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炎3
「それで満足なの。兄貴は誰も愛さない」
涼の瞳の奥に情念の炎のような揺らめきが見えた。
「兄貴は幸せにはならない。あたしを置いてはいけない。あたしの顔を見るのが辛くても、あたしを見捨てることはできない。一生、あたしを守るつもりでいるんだわ。
それが嬉しいの。誰にも兄貴を取られることはないんだもの。あたしを愛さないかわりに、誰も愛さない。それで十分なのよ。
あたしはね、犬塚さん。罪悪感という鎖で兄貴を繋いでいるの。そしてあたしは執着という愛情で自分自身を雁字搦めにしてる」
犬塚は竜蛇の言葉を思い出していた。『涼ならお前に惚れる事もない。お前が涼に惚れる事も無い』竜蛇は最初にそう言った。
涼の赤毛が炎のように見えた。暗く歪んだ情念の炎だ。
先程、涼は犬塚に言った言葉の半分は自分に向けた言葉だと言った。
優しい愛情では幸せにはなれない。涼自身がそうなのだろう。心の傷を癒そうと、優しく誰かが愛してくれたとしても、涼は満足できないのだ。
「びっくりした?」
アハハと涼は笑った。いつもの笑顔だ。
「あたしと組長は少し似てる。それに、犬塚さんとあたしもね。だから分かるのよ。犬塚さんはね、組長でなきゃだめよ。あなたは満たされないし、癒されない。可哀想にって優しくされても不満なだけ。
あたしたちは歪んでるけど、完全には壊れてはいないの。だから厄介なのよ。根っこの部分が強いから。気狂いのように振り切った方向に進むこともできないし、真っ当な人生も歩めない。見えない鎖が必要なのよ」
「……そうかもしれない」
犬塚は静かに答えた。竜蛇は見えない鎖で犬塚を縛るつもりだ。犬塚もそれを待っているのかもしれない。
「コーヒーが飲みたいわ。淹れてくれる?」
「ああ」
犬塚は立ち上がり、コーヒーメーカーをセットした。
「あ。タルト買ってきたから犬塚さんも食べる? かぼちゃのタルトよ」
「ああ。もらう」
涼も立ち上がって冷蔵庫を開けた。
先程までの話など無かったかのように、涼はいつも通り犬塚に接した。
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