118 / 151
人並み3
大通りまで出て、涼はタクシーを拾った。護衛の車には乗らずに、犬塚を連れて普段通り行動するつもりなのだ。
「まずは服を買いに行くわよ。ねぇ、犬塚さんってどんな服着てたの? 組長に裸に剥かれる前」
「なっ……!?」
犬塚は顔を顰めて涼を睨んだ。だが涼は涼しげな顔で犬塚を見ている。
涼に何を言っても面白がるだけだ。犬塚はため息をついて答えた。
「別に……目立たない格好だ」
「つまらないわねぇ」
「うるさい」
「まぁシンプルでいいから、サイズが合ったもの買っときましょ。彼シャツばっかりもアレだものね。組長には萌えだろうけど」
「……」
街中でタクシーを下りて涼はスタスタと歩き、犬塚は少し後ろをついて歩いた。
「このお店、男物も買えるし、シンプルだけど着心地いいのが多いの。ここでクツも揃えられるわ。シックな品揃えの割に店長が面白いのよ」
涼のお気に入りの店らしい。
二人は雑居ビルの二階のセレクトショップに入った。
「こんにちはー」
「あらっ! 涼ちゃん。久しぶりじゃないの」
出迎えた店長はプラチナブロンドでアシンメトリーなツーブロックヘアのアジア系の男だった。
体のラインが出る黒のぴったりとしたニットを着ていて、180近い長身で体格が良い。切れ長の瞳にネイビーのアイラインを太く引いており、個性的な顔立ちをしている。
嬉しそうに涼をハグして頬に軽いキスをした。
犬塚は無表情だったが、軽く引いていた。
「やだ! 彼氏!?」
「違うわよ。ボスの恋人」
「まぁっ! そうなのね~。わたし、ヴィッキー・リーっていいます。よろしくね~」
ごつい男はヴィッキーと名乗り、ヒラヒラと手を振ってみせた。
「こんなのでもオーナー店長よ。センスいいから」
「やぁだ。涼ちゃん~」
ふたりのテンションについていけず、犬塚は固まったままだ。
涼が代わりに犬塚を紹介し、彼の服が欲しいのだと伝えた。
「象牙の肌がキレイねぇ。それにバランスの良いカラダしてるわよね。日本人の血が濃いのかしら」
「そうみたいよ」
ヴィッキーは上から下まで舐めるように犬塚を見た。犬塚はだいぶ引いていたが、相変わらず無表情だった。
「ねぇ。ボスってあれよね」
「竜蛇志信」
「……あぁ~、羨ましいわぁ。あんな色男と……」
「どエスで変態よ。ヤクザだし。ヴィッキーにはもっと素敵で優しい男性がいいわよ」
ヴィッキーは竜蛇の事を知っているようだが、いったいどこまで知っているのか……。犬塚は僅かに眉根を寄せた。
それに気付いたヴィッキーが慌てて言った。
「違うのよ。夜の街で遠目に見ただけよ。人の彼氏に手を出したりしないわよ。これでも純愛派なのよ!」
「彼氏じゃない」
「気にしないで。犬塚さん、ツンデレなのよ」
「やだ。可愛いのね」
「うるさい」
なんだかんだ喋りながら、ヴィッキーは手を動かし何着か服を選んだ。黒やネイビーをベースにしたシンプルな服だ。
「日本人の肌には紺が合うのよ。迷ったらネイビーを買うべきよ。これとかどう?」
「いいんじゃない。貰うわ」
「……おい」
二人は犬塚を無視して、どんどん服を選んだ。だが犬塚は服に関して拘りも趣味も無いので大人しく任せることにした。
「じゃあ、これに着替えて」
涼にフィッティングルームに連れて行かれて、犬塚はしぶしぶ着替えた。
下は黒のスリムパンツ、白いシャツの上にネイビーのニットを着た。靴はスウェード素材のローファー。
確かに着心地が良く、サイズもぴったりだった。
「いいじゃない。サイズも大丈夫ね。組長、惚れ直すわよ」
「うるさい」
「夜になったら、あの色男に脱がされちゃうわけね。羨ましい……」
「……頼むからやめてくれ」
二人のノリについていけず、犬塚はがっくりと項垂れて呟いた。
他にも黒革のローファーを一足と服も何着か選んで購入した。犬塚は涼が選んだピーコートを着て、ニット帽を被った。
「涼ちゃん。ありがとね~。犬塚ちゃんもまた来てよねぇ」
「ありがと。またよろしくね」
「………」
涼は大きなショップバッグふたつを犬塚に持たせて店を出た。涼が腕時計を見ると、ちょうど12時になるところだった。
「ちょっと早いけど、ランチにしよっか」
昼はこのまま外食にするようだ。
犬塚は僅かに戸惑いながらも涼について歩いた。
こんな風に誰かと出歩くことなど初めてだった。
ともだちにシェアしよう!