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変化4
その日、馬頭は珍しく部屋でビールを飲んでいた。常に情報収集に時間を費やしているので部屋で酒を飲む事は滅多に無いのだ。
「もしかしたら………もしかして、面白いもん見れるんちゃうかなぁて思ったのに」
ブランカは動かなかった。まぁ慎重なあの男が予定外の行動をするとは思えなかったが………
少し期待をして背中を押してやったのに、ブランカは計画外の行動はしなかった。
だが犬塚のために日本に残った事こそ、ブランカにとっては計画外だったろうに。
ヨーロッパでブランカがしようとしている事は、あの男にとって悲願に近いはずだ。
ヨーロッパでの計画に必要な情報をブランカに依頼されて馬頭が調べたのだ。
馬頭は優秀なハッカーであり、独自の情報網を持っている。ブランカ自身の事も分かる限り調べ尽くしていた。
ブランカは犬塚のために日本に残り、竜蛇から奪還しようとしている。
馬頭は犬塚の写真を手に取り、じっと見つめた。
特別な美形ではない。純潔種という点以外では、特に魅力の感じられないただの殺し屋だ。
何故、ブランカも竜蛇もこの犬塚に執着するのか、馬頭には理解できなかった。
だが、この状況は面白い。
「ブランカが計画通り、志信さんに接触する日が楽しみやわ………」
馬頭は犬塚の写真を机の上に放って、瓶を傾けてビールを飲んだ。
ブランカはホテルの一室で、馬頭からスマホに送られてきた写真を見ていた。
ブランカは動かなかった。
万が一、今日、犬塚と接触できていたとしても首輪がある。
もとは中国の人身売買組織が金持ち相手に商売していたセックス奴隷用に作った首輪だ。犬塚の首輪はそれを改造して、デザインと性能を上げたものだ。
明日、トーキョーにいる腕の良い華僑の『技術者』と会う予定だ。犬塚の首輪をショートさせる為の『道具』を入手する。
犬塚が自由に出歩けるならば、少し計画の変更が必要だった。
小遣い稼ぎをしないかと、移民の青年を数人雇った。全く信用はしていない捨て駒だ。代理人を使い、簡単な嘘の仕事を伝えて前金も渡している。
チャンスは一度きりだろう。
………竜蛇を殺す必要があるかもしれない。
目立つ事はしたくはないが、あの男が黙って犬塚を渡すとは思えない。
犬塚に執着しているのもあるが、闇社会でトップに立つ男が自分のモノを奪われるなど、決して許さないだろう。
ブランカは画面の中の犬塚を見ていた。穏やかな顔で蛇堂組の赤毛の女と話をしている。
こんな表情の犬塚は初めて見た。犬塚はいつもブランカの顔色を伺い、犬のように慕っていた。
写真の犬塚は自然で穏やかな表情をしている。
あの子供は性玩具としてヤクザに捕まっているのかと思ったが………
「………」
どちらにしろ、見極めるには竜蛇に接触する必要があった。
ブランカはスマホを机の上に置いて、小さくため息を吐いた。それは重く疲れきったようなため息だった。
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