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香澄の闇1
娼館では少し揉め事が起こっていた。
若い組員が香澄に手を出そうとしたのだ。
幸い雀野が気付いて、駆けつけて止めたので未遂で済んだ。
佐和は苦い顔で事務所の椅子に座っていた。
………香澄は不安定になっていた。涼からも厄介だと言われていたのに。
若い組員は香澄が誘ったと言い、香澄はそんな真似はしていないと言う。
どちらも嘘で、どちらも真実だろう。香澄は魔性だ。その危うさが男を惑わせる。
これまでは涼が香澄の世話をしていた。だが、涼は竜蛇直属の仕事をしている。
若い組員に任せた佐和のミスだ。
佐和は涼に相談しようか迷っていたが、この娼館を任せられたのは自分だ。涼の手を煩わせる事はできない。
今回の件は須藤には報告済みだ。もし、佐和が役不足だと判断されたら、すぐにでも元の立ちんぼの男娼を仕切る仕事に戻されるだろう。
自分の手で収めなければ………。
佐和は雀野に香澄の世話を担当してもらう事にした。雀野は古株の組員で竜蛇に対する忠誠心が強い。自分と雀野のふたりが香澄の世話をするのがいいだろう。
何より雀野は性的な意味合いで香澄を見てはいない。雀野は足の悪い香澄を気遣い、兄のようにも、父親のようにも感じられる接し方をしていた。
だが、それこそが涼が雀野を香澄に近付けたがらない理由なのだが、佐和は気付けなかった。
佐和に言われて、雀野は香澄の部屋に向かった。
「香澄さん。雀野です」
香澄は寝室のベッドで横になっていた。雀野の声に目を開けて、不安げに見上げた。
「落ち着きましたか?」
「はい。あの……僕は罰を受ける?」
「いいえ。香澄さんは悪くない。被害者だ。あの若造にはきっちり落とし前を付けさせます」
「………そう」
香澄は少し残念に思った。竜蛇が自分に仕置きをしに来るのではないかと淡い期待をしたのだ。
「今後、香澄さんのお世話は私がする事になりました。安心してください」
雀野はベッドの横の椅子に座り、香澄を安心させるように穏やかな声で言った。
「ありがとう」
香澄は儚げに微笑んでみせた。香澄は雀野の事を鬱陶しいと思っている。だが佐和と違って、この男は扱いやすい。
香澄はそっと手を伸ばし、雀野の手に触れた。
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