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香澄の闇3
義兄は『父と自分とどちらが好きなのか』と、香澄を問い詰めるようになった。
結局、泥沼劇の末に義母は家を出て行き、義兄は香澄の部屋で首を吊った。
義父は僅かに揺れる義兄の足指を唖然として見ていた。忘れられない光景だ。
香澄は家を飛び出し、着の身着のまま逃げたところを男に拾われた。
最初は優しかった。男は独身だったし、香澄は抱かれる行為にすっかり慣れていたので男と暮らす事にした。
だが男は香澄に執着し、一年を過ぎた頃には外出も許されなくなった。ほとんど監禁状態になっていた。
香澄を他の男に見せたくはないのだと言う男に『なぜ俺を見ない!?』と、酷いセックスで責め苛まれた。
『見ている』と香澄が言っても『そうじゃない』『俺の事をちゃんと見てくれ』と言われた。
男の望みは香澄には理解できなかった。
結局、17歳の夜に香澄は男の元から逃げ出した。
あとはお決まりの転落人生だ。客を取って、ゆきずりの男の部屋を転々として生活した。
だが、その一帯の立ちんぼの男娼を管理している鮫島組に目を付けられた。
下っ端のヤクザが香澄を拉致しようとしてきた時、掴まれた腕を振り払い、逃げようと道路に飛び出した香澄は車に跳ねられた。
そのスポーツカーに乗っていた青年が件の政治家の息子だった。
病院で目覚めた時、秘書のような男に事故の事は誰にも言わないようにと多すぎる見舞い金を渡された。
だが、目覚めた香澄を見た政治家の息子は頬を赤らめて『責任をもって君の面倒を見る』と言った。初心で誠実そうな青年だった。
香澄は12の時、初めて告白してきた幼馴染を思い出して微笑んだ。政治家の息子はますます赤くなった。
香澄は政治家の息子が借りた部屋に住む事になった。
裕福で安定した生活だった。今度は上手くやろうと思った香澄は『感謝している』『貴方に出会えて救われた』『会えると嬉しい』と、相手の喜ぶ言葉をいつも言った。
全て嘘だったが、相手は喜んで香澄に尽くした。
香澄が20歳、政治家の息子は23歳になった時、初めて彼は香澄を抱いた。
『愛している』と涙声で何度も囁きながら。香澄は馬鹿馬鹿しいと思ったが、『僕も愛してる』と茶番に付き合った。
ゆくゆくは政治家になる予定の息子だ。どこの馬の骨とも分からない香澄の存在は隠されていた。その事を申し訳無さそうに謝られたが、香澄は微笑んでみせた。
『こうして会えるだけでいい。それだけで僕は幸せだから』
『香澄……愛してる。いつか、きちんと父や兄にも紹介する』
唇に微笑を浮かべながらも、香澄は心の中で『馬鹿な真似はやめろ』と毒付いた。
香澄は今の安定した暮らしを手放したくないだけだ。男の誠実な想いに辟易していた。
だが、その茶番も破綻する事になる。
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