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香澄の闇5

『初めまして。竜蛇だ』 竜蛇はベッドの横の椅子に座り、長い脚を優雅に組んだ。 『随分、厄介な真似をしたね。揉み消すのに一苦労だよ。だが、あの政治家に大きな貸しを作れた』 『………僕はどうなるんですか?』 『それはお前を見てから決めようと思っていたんだ』 竜蛇は見る者がうっとりするような美しい微笑を浮かべて香澄を見ていた。 『あの政治家。お前を愛人として囲いたいと言ってきたよ。息子二人を廃人同然にしたお前をね。随分、男を誑かすのが上手いようだ』 『僕はそんなことしてません』 『そうだろうね。お前はただ流されただけだ』 その言葉がまるで香澄を責めているように聞こえて、香澄は胸が苦しくなった。 初めて会ったというのに、ここ男に軽蔑されたくなかった。 『ああ、責めている訳じゃない。お前のソレは一種の才能だ。だがあの政治家は利用価値がある。今、お前に潰される訳にはいかなくてね。お前の才能はうちで発揮してもらう事にしようかな』 香澄は訝しむように竜蛇を見上げた。 『俺は蛇堂組の組長だ。お前の身柄は俺が引き受ける。高級男娼としてうちで働いてもらうよ』 ─────男娼。 堕ちるところまで堕ちたか。香澄は暗く微笑んだ。 『お前が思っているよりもずっと難しい仕事だ。その辺の男娼とはランクが違う。そこでならお前の才能を発揮できるだろう。お前に狂う男がいても俺が守ってやる。ある程度の自由もあげよう』 『………』 『お前が決めるといい。政治家の愛人になるか? うちに来るか………それとも、死にたいか?』 死にたいか………。 今はそうは思わない。竜蛇の全てを見透かすような冷たい琥珀の瞳を見つめていると頭が冴えてきた。 このまま、この男について行こうと思った。 『貴方の元へ行きます』 『いい決断だ。俺がお前を仕込んでやる。お前は自分の中の魔物をコントロールする術を覚えるんだ』 『魔物………』 『俺の中にも怪物がいる。生まれ持った性だ。共存しろ。悪くはないぞ』 竜蛇は悪戯っぽく笑ってみせた。 何故、男達が自分に執着するのか、香澄には分からなかった。だが、魔物という言葉は、ストンと腑に落ちた。 そうして、香澄は竜蛇に仕込まれた。 ただ抱かれるのではなく、客を喜ばせる為の技術を教えられた。 ろくに学校に行っていなかった香澄に、セレブや政治家相手の会話が出来るように知識と教養を学ばせた。 竜蛇は決して香澄に溺れなかった。 時折、香澄は無自覚に竜蛇を誑かそうとする事があったが、『悪い子だ』と、冷たい琥珀の瞳で見下ろし、竜蛇は香澄を罰するように抱いた。 他の男達とは違う。 竜蛇は決して堕ちない。 強靭な精神で香澄の中の魔物を捩じ伏せる。いつしか香澄の中の魔物は竜蛇の中の怪物に惹かれていった。 『貴方が好きです』 『そう』 香澄の告白に竜蛇は微笑を浮かべて、冷たい琥珀の眼差しで見るだけ。 だが、それでもよかった。犬塚の存在を知るまでは………。 香澄は自らの意思で男達を破滅させた事は無かった。だが今は、はっきりと ─────破滅させてやりたい。 そう思っていた。 「お願い、僕を裏切らないで。雀野さんだけは………」 雀野は香澄を抱き締めて、優しくその背を撫でていた。 香澄は他の男娼とは違う。 どんなに男達に抱かれ、穢されようとも、その心は清らかなままだ。 だからこそ男達は香澄を犯さずにはいられないのだ。 ただ人よりも美しかった。それだけだ。その為に香澄は堕とされてしまったのだ。 雀野は香澄を憐れに思った。そして、守ろうとも思う。 「大丈夫です。香澄さんは俺が守ります」 「約束して。何があっても味方でいてくれるって」 香澄は雀野の腕の中で小さく震えた。 落ち着かせるように雀野は香澄の華奢な体を優しく抱き寄せた。 香澄の儚い呟きは、抱き締める雀野の逞しい胸へと染み込んでいった。

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