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自慰1
結局、竜蛇はバスルームでも不埒な真似はしなかった。
涼が来てから三人で朝食を食べ、いつものように玄関で見送る犬塚にキスをして出て行った。
「犬塚さん。今日はどうしちゃった?」
「何がだ?」
涼がニヤニヤと笑って犬塚を見ながら聞いてきた。
「欲求不満って顔に書いてあるわ」
「はぁ!?」
「言ってくれたらもっと遅く来たのに」
「うるさい!」
犬塚は怒鳴るように言って、寝室に引っ込んでしまった。
「ありゃ。ほんとに欲求不満? 組長もどうしちゃったのよ。絶倫だと思ってたのに」
涼は呆れた顔をして、キッチンの片付けに戻っていった。
その日もランチは外食にした。
犬塚はまだひとりでは出かけないので、外に出たそうにしている様子の時は、涼が誘って外に出るのだ。
ふたりは創作中華の店に入り、昼食を食べてからマンションに戻った。
午後からはトレーニングルームで体を動かした。
涼に教えて欲しいと言われて、護身術の類を教えた。犬塚は体格がゴツいわけでは無いが、細く締まった無駄の無い筋肉が付いている。
闘う時も無駄の無い動きで相手を仕留めるのだ。女である涼には犬塚の闘い方は合っていた。
「須藤さんも強いんだけど、ガタイ良いからね。やっぱり腕力の差ってあるのよ」
「相手の弱点を狙うといい。女だって油断するだろうから、わざと隙を見せて寄ってきた瞬間に仕留めるんだ」
時間がかかれば不利になる。
素早く、的確に。ブランカに教わった事だ。
────ブランカ。
今はどうしているんだろう。もう会えないのだろうか?
犬塚の胸がチクリと痛んだが、以前ほどの喪失感は感じられなかった。
ブランカに必要とされたい。
ブランカの為になら死んだって構わない。そう思っていた。
けれど、今は犬塚の空虚な胸の内は、別のもので満たされつつあった。
「隙あり!」
「うおっ!」
考え込んでいたら、涼に隙を突かれた。マットの上にひっくり返った犬塚を涼が得意げな顔で犬塚を見下ろしていた。
「やっと一本取れた!」
「い、今のは考え事をしていたから」
「隙を突けって言ったの犬塚さんじゃない」
「そうだが……」
「あたしの勝ちよ。さ、シャワー浴びて夕飯の準備しよっと」
涼は鼻歌まじりにトレーニングルームを出ていった。
犬塚は寝転がったまま、憮然とした顔で「ノーカンだ」と声を上げたが、涼は「負け犬の遠吠えね」と笑っただけだった。
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