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蜜月3

   犬塚が満足するまで竜蛇は与え続けた。 貪りあった激しいセックスの翌朝は、互いに気怠さが残り、目覚めた後もベッドの上でダラダラとしていた。 昨夜の犬塚を思い出して竜蛇の口元は緩みっぱなしだった。 始めは自慰をしていた犬塚を虐めてやろうと思っていたのに、最終的には主導権は犬塚に移った。竜蛇にはそれがたまらないのだ。 「……気色悪い」 竜蛇のにやけ顔を見て、犬塚が心底嫌そうな顔で呟いた。 「お前のそんなところも可愛いよ」 裸の肩を抱いて額に口付ける。犬塚は眉間に皺を寄せて、さらに嫌そうな顔をした。 昨夜はあんなにも激しく求めたというのに、また元のつれない表情に戻った。それが逆に竜蛇を喜ばせるのだが、犬塚は無自覚だった。 「そろそろベッドを出ないとな」 竜蛇は犬塚の体を強く抱きしめてからベッドを出た。 犬塚は裸身を晒したままベッドの上に仰向けに寝そべり大きく伸びをした。しなやかな獣のようだ。無駄の無い引き締まった肉体はしっとりと艶めいており、その黒い瞳には力が満ちている。 犬塚の何かが……また変化した。 幸人と本当の名前を呼んで抱いてから犬塚の何かが変わった。 今もまた、犬塚は脱皮を繰り返す蝶のように変化している。どちらにしろ竜蛇は犬塚に惹きつけられるのだ。 それに、竜蛇は少しだけ不安になる。 セックスや色恋沙汰には長けた男だが、ここまで一人の男にのめり込むのは初めてだ。犬塚の変化は竜蛇にも影響を与えるだろう。 竜蛇は犬塚を支配したいが、犬塚に支配もされたいのだ。 この変化を愉しんで受け入れるとしよう。 「今夜は友人と会ってくるよ。前にも話したと思うが、志狼といって腐れ縁の男だ」 「………」 犬塚は無言で竜蛇を見上げた。 「お前以外抱きたいとは思わない。お前だけだよ、幸人」 「知ってるよ。あんたは俺のだろ」 犬塚はにやりと笑って、少し皮肉めいた口調で言った。 その言葉、その顔に竜蛇は心臓を鷲掴みにされたように感じた。すぐさま犬塚に覆いかぶさり唇を塞いだ。 「おい……んっ」 一瞬、動きを止めた犬塚だったが、竜蛇の背に腕を回して抱き寄せた。 竜蛇の舌を迎え入れて自らの舌を絡める。唇を密着させて甘く濃厚な接吻に酔う。ひとしきり舐めあって、唾液の糸を引きながら僅かに唇を離した。 「……なんなんだよ」 「こんなに夢中にさせて……とんでもない男だ。お前は」 鼻先を擦り合わせて、竜蛇が切羽詰まったような声音で囁いた。 「好きだよ。愛してる。俺にはお前だけだ」 「……俺も」 犬塚は竜蛇の顔を見ていられず、目を閉じて答えた。 「あんたとしか、こんなことはしない」 「幸人」 ぶっきらぼうな、色気の無い言葉だが竜蛇を陥落させるには十分だった。 竜蛇はもう一度キスをして、首筋に顔を埋めて唸るように呟いた。 「……ああ、仕事に行きたくない。だが今日は外せない予定が入っているし、須藤が怒る……」 「知るか」 「もう一度抱きたいが……昨夜はお前に搾り取られたしな。さすがに今朝は無理そうだ」 「うるさい」 「お前が何度も求めたくせに」 「黙れ」 「せめて志狼との約束を別の日にしてもらうか……」 「やめろ。うっとおしい」 珍しくうじうじと絡んでくる竜蛇を犬塚がベッドから蹴り出して、ようやく諦めた竜蛇はスーツを着たのだった。 朝食を食べて竜蛇を見送った後、涼がニヤニヤと犬塚の顔を見ていた。 「今朝はツヤツヤね。犬塚さん。満足させてもらったみたいでよかったわ」 「うるさい」 涼といつものやりとりをして、掃除や洗濯を済ませた二人は日課になったランチに出かけた。 今日は涼のリクエストで和食の店だ。 「ここ、天ぷらが美味しいのよ」 涼が勧めたとおり、京野菜の天ぷらは美味かった。 店を出てぶらぶらと歩いていると、 「アキラ!」 「!?」 「アキラだろ? 久しぶりじゃな……あれ?」 見知らぬ男に呼び止められ、肩に手を置かれた。犬塚は驚いて咄嗟に反応できずにいた。 「アキラ」という名前のせいだ。 「あ、すみません! 人違いでした」 男は苦笑いで謝り、すぐに立ち去った。犬塚は唖然とその後ろ姿を見送った。 「アキラだって。あなたに似てる人なのかしら? 犬塚さん。心当たりあるの?」 そう涼が聞いてきたので犬塚は答えた。 「クラシックアニメのタイトルだ。それに有名な日本人の映画監督の名前だ」 「ああ、世界のクロサワね」 ─────そして、犬塚をアキラと呼んだのはギデオンと……ブランカだけだ。 竜蛇のマンションに戻った犬塚は、すぐにトイレに入った。 鍵をかけて上着のポケットを探り、小さく折りたたまれた紙を出した。 「アキラ」と呼んだあの男が犬塚のコートのポケットに一瞬で忍ばせたものだ。紙を広げると数字やアルファベットがランダムに書かれていた。 暗号だ。 犬塚とブランカにしか分からない秘密の暗号だった。犬塚は素早く目で暗号を追い、紙を小さく破ってトイレに流した。そして何事も無かったようにトイレを出たのだった。

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