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ブランカ1

   竜蛇は志狼と会うので今夜は遅くなる。夕食も涼と二人で済ませた。 玄関で涼を見送った後、犬塚はソファに座ってじっと壁を睨むように見ていたが、しばらくして立ち上がりコートを羽織って部屋を出た。 エレベーターに乗り一階のボタンを押す。 犬塚はちらりと監視カメラの位置を見た。護衛の男が下のフロアに待機して、監視カメラを見ているはずだ。 エレベーターを降りた犬塚はエントランスを抜けてマンションの外に出た。壁に背を預けて少し待つ。 「くそっ! どこに行ったッ!?」 中から慌てて組員の男が飛び出してきた。 「おい」 犬塚に声をかけられた男が驚いて振り返った瞬間、犬塚は拳で男の顎を殴った。脳が揺れてぐらりとした男の首に腕を回して頸動脈を圧迫して落とした。気絶した男を引きずり、エントランスの床に転がした。 拘束はせず、そのまま放置して犬塚は歩き出した。きっとすぐに竜蛇に報告がいくだろう。それに首輪がある。犬塚の行動は竜蛇に筒抜けだ。 竜蛇から逃げたい訳じゃない。ただ…… ブランカに会いたい。 会う必要がある。 なぜブランカはまだ日本にいる?  なぜ犬塚に接触してきた? 犬塚の居場所を突き止めたのなら、どんな状況にいるかも知っているはずだ。 竜蛇は厄介な男だ。慎重なブランカなら関わる事などせず、犬塚を捨て置くはずだ。 それなのに、リスクを承知で犬塚にメッセージを送ってきた。 記されていたのは、犬塚が初めてマンションを抜け出したときに時間を潰した公園だ。 深夜0時までに来いとだけ書かれていた。 この場所を選んだということは、、ブランカは犬塚を監視していたという事になる。 それは蛇堂組の組長の愛人まがいの事をしているとブランカに知られているという事だ。 「………」 犬塚は少し自分を恥じた。 だが、竜蛇と離れたいとは思わなかった。 あの男を失いたくはない。 けれど、ブランカが危険を冒してまで連絡を寄こしたのだ。犬塚の事が必要なのかもしれない。 ……会うだけだ。後で罰は受ける。 嫉妬から犬塚を拷問した時の竜蛇を思い出して、犬塚はぞくりとした。 そうだ。逃げる訳じゃない。 抜け出した事を竜蛇が怒るなら、いくらでも罰は受けてやる。 もし……もしブランカの仕事に犬塚が必要なら……犬塚は喜んで手伝おうと思う。 仕事が終われば竜蛇の元に戻ればいい。そう思った。 考えながら足早に歩いていたら、目当ての公園が見えてきた。公園の前に黒いワゴン車が駐まっていて、その横に昼間の若者が立っていた。 犬塚は歩調を遅くして、少し警戒しながら男に近付いた。 「アキラ」 男はニコリと笑って犬塚を見た。 「………」 「あんたを連れてくるように頼まれてる。車に乗ってくれる?」 ─────どうする? ブランカの暗号を見てここまで来たが、この男を簡単には信用できない。 「誰に頼まれた? どこへ行く?」 「中国系の中年オヤジだよ」 中国系? 犬塚は眉間に皺を寄せた。ブランカが使っていた代理の男じゃない。だが、あの暗号はブランカのものだ。 「……チッ。めんどくせぇ」 犬塚が迷っていると男は少しイラついたように小さく呟き、ワゴンのドアを軽く叩いた。 ドアがスライドして他の男達が降りてきた。犬塚が警戒して構えた瞬間、一人の男が犬塚に向かってテーザー銃の引き金を引いた。 「……ッ!!」 咄嗟にかわしきれず、一本のワイヤーの針が犬塚の肌に突き刺さった。電流が体内に流れ込み、犬塚はその場でがくりと膝をついた。 ─────くそッ! 油断した!! 車を降りてきた男が犬塚を地面に押さえつけた。 「くっ……離せ……ッ!」 「おとなしくしろ。おい。さっさと済ませろ」 「暴れんなよ」 押さえつけている男が犬塚のコートの襟首をぐいと引き下げて首輪を露わにした。もう一人の男が特殊警棒のようなスタンバトンを首輪に当てた。 「────ッッ!!」 ブランカが依頼した技術者が、首輪を壊す為に改良したものだ。 先程よりも強烈な電流を喰らって、犬塚は一瞬硬直した後、ガクガクと大きく痙攣した。男がスタンバトンを離すと犬塚はがくりと脱力して意識を失った。 「よし。外れた」 男は犬塚の首から首輪を外してニヤリと笑った。 「さっさと車に乗せろ」 犬塚の体を抱え上げて、男らはワゴン車に乗り込んだ。スライドドアを閉めてすぐに発車する。 車の中には移民や雑種の若者が三人、運転手が一人の計四人だ。 「この首輪もらっちまってもいいんだよな」 「壊れてるだろ?」 「でも高級品だぜ? ジャンク屋に高く売れるよ」 「なんだってこんな首輪なんか……」 一人の男が犬塚の髪を掴んでまじまじと顔を見た。 「こいつホントの日本人だろ? 年齢がよくわからんが……19か20じゃないか?」 男は何かに閃いたような顔をして、犬塚の服を捲りあげた。象牙色の肌には薄くなった傷痕と昨夜の情事の跡がいくつも残っており卑猥だった。 「やっぱりな。こいつ男の愛人ってやつだぜ。愛人ってゆうかペットか。首輪してたし」 「ああ、昔は日本人のガキを飼うのが流行ってたらしいな。こいつは子供じゃないけど、まぁ可愛い顔してるか?」 「あの中国人のスケベ親父。どっかの金持ちのペットの日本人を誘拐してこいって依頼だったのかよ」 今回、ブランカはいつもの代理人を使わなかった。あの男は一度竜蛇と会っているので、金で動く中国人の男を使って雑種の男を数人雇ったのだ。 だが、今回ばかりはブランカ本人が動くべきだった。体格が良く、只者ではない目をしているブランカが相手なら、たいていの者は余計な詮索はせずに従うだろう。 この雑種の若者たちは中国人の中年男を小馬鹿にしていた。そして後先考えず、より金になりそうな事に傾く。 目先の金の為に動く、頭の悪い小悪党の寄せ集めだ。 「あのおっさんからは前金貰ってるけど……なぁ、こいつ海外の変態に売れるんじゃないか」 「なぁ、後払いでいくらくれるって言ってたっけ? それよりも高値つくかな?」 「日本人はまだ人気だよ。マニアにはね。それに仕込まれてんなら需要あるんじゃね?」 眠る犬塚の頭上で男達は不穏な会話を始めた。

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