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ブランカ2
その頃、竜蛇はいつものバーで志狼を待っていた。志狼は2~30分は遅れてくる。毎度の事だ。
竜蛇のいるVIP専用の個室の前には須藤が立っていた。エレベーターの開く音がしたので視線を向けると、体にフィットしたタイトなワンピースを着た女が下のフロアから上がってきたようだ。
派手な外見から他のVIPルームに呼ばれた高級娼婦か愛人かなにかだろうと須藤は思った。すでに出来上がっているようで、少しふらつきながら須藤の前を通り過ぎようとして、
「あっ……」
高いヒールに足を取られて、須藤の方に倒れ込んできた。
「おい。気を付けろ」
「ごめんなさい」
片手で女を支えてやると、艶っぽい笑みを浮かべてしなだれかかってきたので須藤は呆れたように女を見下ろした。
「本当にごめんなさいね」
「!?」
須藤の腕にチクリとした痛みが走る。女を引きはがした時には遅かった。
くらりと眩暈がして須藤は床に膝をついた。どうにか顔を上げて見上げれば、女が掌をひらひらと振っていた。
女のはめている指輪の内側から細い針が出ている。
「!!……組長……ッ」
「あら、ダメよ」
「……がっ!!」
竜蛇に知らせようとした須藤の顔を女が膝で蹴り上げた。
大胆な行動だったが、監視カメラには細工がしてあるし、VIP専用フロアは電波抑止装置で圏外状態になっている。
店の人間は異変に気付かない。
「よいしょ」
女は朦朧としている須藤に肩を貸すようにして立ち上がらせ、エレベーターに乗って下に降りた。
入れ違いにバーテンダーの男がエレベーターに乗り、VIPフロアに上がって行った。
背が高く、体格の良い男だ。
ボトルやアイスペール、グラスを乗せたトレーを片手で持ち、竜蛇のVIPルームを静かにノックした。
VIPルームでは竜蛇が優雅に長い脚を組んで寛ぐようにソファに座っていた。
男は会釈してから片膝をついてローテーブルの上にトレーを置いた。グラスに大きめの氷をひとつ入れて、ボトルから琥珀色の液体を注いだ。
「始めて見る顔だ」
「はい。今日が初めてなもので……」
男の言葉に竜蛇は片眉を上げた。
新人を竜蛇の接客にあてがうなど滅多にない、というよりもあり得ないことだ。竜蛇の気配が変化した事に気付いた男が隠し持っていた銃を抜いて竜蛇に向けた。
男からは殺意も何も感じられなかった。まるで機械のように、滑らかで無駄の無い動作だった。
サイレンサーの銃口を向けられていても竜蛇は優雅に微笑を浮かべたままだ。
男は銃を向けたまま竜蛇と向かい合ってソファに座った。
「犬塚を返してもらう」
「……」
その言葉に竜蛇は僅かに驚いたような表情になり、すぐに笑みを浮かべた。
「ブランカだね。はじめまして……いや、二回目になるのかな」
ブランカとはスペイン語で「白」という意味だ。それにヨーロッパ系の女性の名前でもある。
始めて竜蛇がブランカと接触した時、影武者の男はプラチナブロンドで眼鏡の奥の瞳はアイスブルーだった。少し線の細い中性的な外見で、ブランカの名に見合った容姿をしていた。
だが今、目の前にいる男の肌は黒い。
純粋な黒人ではないが、ハーフかクォーターだろう。中国系か韓国系か……顔立ちからは中国系の特徴が見える。
恐らく黒人と中国人の混血だろう。歳は50くらいか。
志狼と同じくらい背が高く体格が良く、はっきりとした顔立ちをしてる。
この男を見て「ブランカ」という名前は浮かびそうもなかった。
その黒い瞳は静かに竜蛇の琥珀色の瞳を見据えていた。
「意外だが……逆に似合っているとも言えるね」
ブランカは品定めをするように竜蛇を見ていた。
犬塚を取り返すつもりではいたが、馬頭から見せられた写真を見て少し迷っていたのだ。
ベランダで口付けあう二人は互いに求め合っているようにも見えたのだ。
歳のせいかもしれない。一度決めた事に迷いを感じるのは……。
ブランカは感情が欠落した人間だ。何度もギデオンにそう言われてきた。
だが、ブランカにとって犬塚は特別な子供だった。
愛しているのかと問われれば「違う」と答えられる。けれど、どうでもいいのかと問われれば、やはり「違う」と答えるだろう。
犬塚が幼い頃のように性玩具として囚われているなら解放しようと最初は思っていたが、ブランカは竜蛇を見てから決めようと考えていた。
ここで竜蛇を殺し、犬塚を取り返すのかを。
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